下記のカウントダウンポスターは、引退日(定期演奏会)まで、3年生全員が1人1人順番に書いているものです。

新型コロナ以前から、過去どの代も3年生になった時に作ってきたものです。(本来であれば紙に書き練習場のみんなが見える所に貼ってあります)
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あと221日。




私でさえ1日の中で気持ちの大きな変化がある。

生徒は、特に3年生の気持ちは離れている今、私には知る由もない。



かける言葉が見つからない。

“頑張れ”ではない。
もう充分過ぎる程、彼らは頑張っている。


何と言えばいいのだろう。



















私が今ここに存在しているのは…
私の父母がいたから、父母が存在したのは、祖母祖父がいたから、祖母祖父が存在したのは…遥か彼方より一度も途切れることなく命が続いて来たから今私はここに存在している。
恐らく、その過程において存在そのものを脅かすような、想像も出来ないような数々の危険、危機的状況に遭遇したこともあったに違いない。しかし負けなかった。何があっても、どんな事が起きても決して諦めることなく生き抜いて来た。一度も途切れることなく脈々と命を繋いで来た。

だから、私は今ここに存在している。











存在している。









下記のカウントダウンポスターは、引退日(定期演奏会)まで、3年生全員が1人1人順番に書いているものです。

新型コロナ以前から、過去どの代も3年生になった時に作ってきたものです。(本来であれば紙に書き練習場のみんなが見える所に貼ってあります)

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あと222日。



休校中の部活ノートです。

今回は100名の生徒たちの負の感情のエネルギーを真正面から受け、押し潰されそうになりながら一人一人の生徒と向き合いました。

この生徒の声を政治家、官僚の方々に聞いていただきたいと心の底から思います。


長い文章ですが、ほんのほんのほんの一部分です。

いやー、全員分読むの!超時間かかったー!!!









『コロナウイルスが流行し、誰が悪い訳でもない。世の中みんな苦しんでる。頭では分かっています。でも全然納得いきません。なんで私たちの代のときにこんなことに?なんでよりによって今年なの?誰も何も悪くないけど、こんなことばっかり頭に浮かんできてしまいます。

マーチングの曲を聴きました。なんて素晴らしい曲なんでしょうか。樽屋先生すごすぎます。でも聴けば聴くほど悲しくなるんです。ここはカンパニーがいいなとか外周かなとか少し想像してしまいました。マーチングの衣装を着てキラキラしてる緑ジャのみんなを見たかったし私もその一員になりたかった。今年こそ大阪城で私たちの代で金賞をとりたかった。悔しい。悔しすぎます。1年生の時、音巴たち青ジャの先輩方のマーチング県大会。転倒事故があり悔しんで涙している姿を近くで見ていました。去年はその悔しさと先輩方の思いを胸に美咲たち赤ジャの先輩方の側で私は大阪城に行くことができ、素敵な景色を見させていただきました。こんなに頑張ったのに銀賞、、悔しかったけど出し切ったと心から言える演奏演技だったと思います。だからこそやっぱり今年は、今年こそはって思ってました。私たちの代、全部ないんですよね。まだ信じられないっていうか信じたくないという気持ちが大きいです。

コンクールもそうです。1年生の頃から先生にヘタクソと言われ続けてたけど自分たちの代のコンクールにトランペット緑ジャみんなで乗りたい。その思いで、みんなに追いつきたくて足を引っ張りたくなくて頑張って来ました。人数のこととかたくさん壁はあったけど不安になるたびに緑ジャで話し合い、気持ちを共有して来ました。みんなで頑張ろうって前に進み始めてました。まさかコンクールがなくなるなんて、思ってもいませんでした。

市船吹奏楽部として友理たちの代緑ジャとして結果を残せるものはなくなってしまったかもしれません。私たちの演奏をたくさんの人に届けたかったです。届けたいです。引退まであとどれくらい部活ができるんでしょうか。

船橋市のホームページを見ましたが615日から部活動は再開出来ますが「活動は2時間以内」と書いてあるのを見ました。市船の生徒は多いと思いますが、少なくとも私は、学校に通うなかで部活ってすごくモチベーションになってるんです。それなのに2時間!?!?2時間しかみんなと毎日顔を合わせることができないなんて寂しすぎます。2時間しかない活動時間で演奏会やコンサートをするということなのでしょうか。今までの練習量からは考えられません。今の状況じゃ合宿もきっと難しいですよね、、。私は聴いてくれる人に届けるからにはクオリティの高いものを全力で届けたいです。2時間じゃ足りません。

何もかもが不安です。悲しいです。喪失感でいっぱいです。今はまだ気持ちの整理がつきません。これから引退まで私たちになにができるんだろうと考えてしまう毎日です。

あと、これはどうしても伝えたかったことです。高橋先生がたくさん私たちのことを考えてくださってるのが伝わってきます。みんなわかってると思います。本当に嬉しいです。ありがとうございます。』






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今年のマーチングの曲、本当に素敵な曲でした。送って下さりありがとうございます。本当に今の心情と重なり過ぎていて、気付いたときには涙が出ていました。作曲して頂いた樽屋先生にも感謝でしかないです。

曲を聞きながら、きっとここが外周で、ここがUターンで、ここがマークタイム、ここがカンパニーだ!とか考えてました。

何度も話し合い、緑ジャ全員で出よう!そう決めたマーチング。本当に楽しみでした。今も幕張メッセや千葉ポートアリーナ、そして憧れの大阪城ホールに立つことができないことやコンクールで吹けないこと。いろいろ信じられない部分もあります。出たかった気持ちはみんな同じ、本当に悔しいことだと思います。まだまだマーチングから離れたくありませんし、コンクールだってやりたい気持ちで一杯です。私は、最後のパレードコンテストに出れず、ショックから離れられないのが現状です。

本当にできないのでしょうか。開催中止はやむを得ないですが、悔しいです。

最近、ネットニュースでよく"市立船橋"の文字を見ます。剣道部、サッカー部、体操部の顧問の先生方が取材されている記事を見ました。本当に気持ちはみんな同じだな。そう思いました。

行事の削減をする。そして休みを削っての授業があるという報告。課題で予習しているとは言え、理解が遅い私はついていけるか正直心配です。頑張ります。

9月入学、全員留年、どうなるかは分かりませんが私はどれも賛成です。あと少し、粘ります。今は新赤ジャに会えるのがとても楽しみです。』





『ほとんどが一人の時間です。

人から認めてもらえる瞬間がすごく減ってしまって、寂しく、自分はこれでいいのかと迷う日々です。家事を手伝った時には家族からありがとうと言ってもらえます。とても嬉しいです。ですが、課題や楽器の練習に関しては家族に報告するのは少し恥ずかしいです。笑 なので今は、自分を自分で認めてあげるようにしています。親ばかの自分ばかバージョン()みたいな感じですが、結構励まされます。笑 この前は、メモ用紙にやることを書いて、それができたらその下に「よくやった、偉い!!」と書きました。本当に些細なことでもこうしてみると気持ちが軽くなって、ちょっぴり嬉しくなります。そうすると、どんどん次のことを考えられるようになって、前向きな気持ちになれます。自己肯定が下手くそなので目に見える形で今は自分を褒めて、認めることにしています。

あ、でもダメな時はちゃんと自分に喝入れてますよ!!笑

早くみんなに会いたいです。

早く学校で勉強がしたいです。

早く部活がしたいです。

みんなと悩んで、泣いて、笑っていたいです。

高橋先生!

毎日先生のブログを読ませていただいています。

毎日泣いています

前にも書いたかもしれませんが、何度でも言わせてください!

いつも私たちのことをたくさんたくさん考えてくださって本当にありがとうございます!!!

すみません、突然。

毎日先生の言葉が嬉しくて、つい




『一日一日が尊くて大切でたくさんのことを学べる時間だったはずなのに。なんで。こんな酷いことに。残酷すぎます。

今しか、今しかなかったのに。過ぎ去る中の1では無いこと、小学生、中学生、高校生、大学生にとって6分の、3分の、4分の1。それが失われているんです。辛くて辛くて仕方ありません。私は今年のYOSAKOIにすごく期待していたんです。新入生の顔を早く見たいです。スプリングコンサートを終えて大きく成長しているはずだったんです。

悔しくて悔しくてでもぶつける場所がない。

どうか私たちの青春を取り戻す方法はありませんか。過ぎ去る中の1では無いんです。今しか、今しかないんです。

私も諦めたくないです。先生を信じます。』




君笑ませたまへば 花の香りは絶えじ

素敵な題名です。壮大で素晴らしい物語が始まり、永遠と続いていく。そんな曲だと思いました。コンクール・マーチングの有無は関係なく、友理たちの物語は今も続いていて、いつまでもどこまでも続いていく。そんな風に聞こえました。作曲してくださった樽屋さんに「顔晴れ」と言われている気がしました。しょうもないことですが、毎朝この曲を聴きながらウォーキングする事にしました。眠かったりしますが、少しでもこの期間を有意義に使えるように頑張ります。学校が始まっても続けようと思います。樽屋さんにも高橋先生にも感謝しかありません。ありがとうございます。

最近は、事ある毎に「何でこんな年に生まれたんだろう」と「市船吹奏楽部友理たちの代で良かった」を繰り返しています。もしも自分の高校3年の年にコロナが流行って、市船吹奏楽部でなかったら自分はどうなっていたんだろうと思います。今頃はまだ布団の中だったと思います。貴重な時間が奪われている今、コロナが憎いです。それでも友理たちは繋がっているし、離れてても近くに感じます。先日誕生日だったのですが、たくさんの緑ジャと青ジャがLINEのバースデーカードをくれました。一昨日や去年ももらいはしましたが、今年は特に幸せだと思いました。TJKの電話の時にみんながハッピーバースデーの歌を歌ってくれて、原瑞穂のところにシンバルを借りに行った時には手紙をもらいました。状況が状況なだけあって、手紙1つもらえただけですごい嬉しくて、パーカスで良かったと思いました。もう今年で3年目です。練習していると目に入る先輩方からのメッセージを見てもっと頑張ろうと思えます。先程も書いた通りマーチングの曲も届きました。あとは活動再開を待つだけ。最近は「いつ再開するんだろう。このまま再開しないのかな」と思うより「再開したら何からやろう。みんなと何を話そう」と考えています。早くメインホールに行ってたくさんの楽器に触れたいです。みんなと合唱したり、合奏したり。何よりも早く新赤ジャに会いたいです!!

この素敵な環境を手離したくないです。引退まで大切に大切にしたいです。』




『おはようございます。

先生、突然ですが学校が6月から始まる事になったら私たちの夏休みはほとんどありません。さらにコンクールもマーチングもありません。何もかも失ったというのに学校で勉強頑張れだとか言われても私には無理です。これはただのわがままかも知れません。部活動も2時間以内、合奏はリハーサル時のみ。基本パート練習。こんなんじゃ私たちがいつまでも中途半端なまま進んでしまう気がして怖いです。部活を楽しみに入学してきてくれる子だっていると思います。もし部活が出来たとしても他のパートの子に会って話す機会なんて今までより少なくなると思います。そしたら赤じゃはいつまでたってもまとまれないです。

まるでが言ってくれた合唱曲を作るのとてもいいと思いました。全員で作り上げることの大変さや大切さをテレワークだけじゃなくてそういう後に残るものとして私はやりたいし学びたいです。正直、テレワークじゃ私はみんなで作ってるな、と思えないです。なぜならテレワークは各自が家で動画を撮って編集してくれる人に動画を送ってしまえばそれで終わりなのです。私も編集した事がありますが、出来上がっていく楽しさや嬉しさはその編集してる人にしか分かりません。だからこそ私は合唱曲を作って残せたらいいと思います。可哀想な代なんて言われたくないです。悔しいです。なんで今なんだろう。私達は何もかも最後だというのに。失われた時間はもう帰ってきません。家で1人で楽器を吹いてても楽しくないです。みんなの顔が見たいです。会いたいです。ネットがある時代だからまだ良かったと思いますが、ネットがなかったらテレワークも出来ないし通話で部活をやることも出来ないです。ネットが進化してる時代でまだ報われてるのですかね。YouTubeで一昨年と昨年のYOSAKOIを見ました。自然と涙が出ていました。私は今まで現実と向き合うのが嫌でYouTubeで見ないようにしていました。ですが意を決して見たら色々思い出してきて悔しい気持ちがこみ上げてきました。この気持ちを他にぶつけるのではなくそれこそバネにしてこれからやっていこうと思います。私は諦めません。』




『おはようございます。

今先生はどんな気持ちですか?

私は心が無になった感じがしています。

マーチングの音源を聞いた時、私は寝る直前でした。真っ暗な中で目を閉じて聞いていたらその音一つ一つが上から自分に降り注いでくる感じがして実際の自分は、どの立場にいるかはわかりませんがその場でマーチングを体験しているみたいでした。私も涙が止まりませんでした。心を強く打たれるとはこのことかと身に染みて感じた出来事でした。

私たちは何を目標に何に向かっていけばいいのでしょうか。いつみんなに会えるのでしょうか。

ですが、たくさんの行事が消えてしまったことによってわかったこともあります。

それは、行事というのは"たくさんの人たちによって成り立っている"ということです。一般的に考えたら本当に些細なことで当たり前なことだと思います。コンクールをやるにも大会をやるにも学校に通うのも全てたくさんの人の力があるからです。決して、"主役"が一番ということではないのです。私はそれを忘れかけていました。

世界的にそれぞれで大変な思いされている方がいると思います。しかし、このおうち時間のなかでこのように気づけること多いと思います。私も自分自身を見つめ直すことが少しできました。ありきたりな言葉ですが、この時間は自分が成長できる時間だと思います。この事態が収束し、みんなに会えた時「こんなことができるようになった」とか、「これを挑戦してみたよ」など少しでも成長した自分になれるように今からでも頑張りたいと思います。

私は自分で言うのもあれですが、ポジティブ思考なので一度凹んでも前向きに明るく捉えます。一般的にみたら、軽々しく思うかもしれません。ですが、自分らしく考えます。

こんな時だからこそ、前向きに。

いつか心からみんなで笑い会える日まで。それを望んで進み続けます。』





『私は い怒りや悲しみと言うより、虚無感を感じているような気がします。コンクールなどが中止になることは前々から分かっていました。悲しみが急にきたのではなく、前からずっと悲しかったです。

怒り。船橋駅周辺の人間の数が、コロナが流行る前と60%しか変わらない事、仕事の為ならやむを得ないと思うのですが、それがパチンコの為だったとしたら正直どうかと思ってしまいます。船橋になかなか店を閉じないパチンコ屋があるとニュースで良く聞きました。住んでいる訳では無いですが恥ずかしいというか少し呆れてしまいました。経営者だけではなく、この状況になってもパチンコ屋に通う人 どういうことでしょうか。ですが もはや依存してしまっている、のかもしれないですよね。そのような大人の人に対して少し複雑な感情を抱くことが何度かありました。

本当に前代未聞な事が今起こっているので政府も本当に大変だと思います。自分は今17歳なので、あと1歳で選挙権が獲得できます。そんな難しい大人の政治の世界に無知な未成年が首を突っ込んで良いのでしょうか。ニュースだけではなく色々な記事を読んだりして、知識を蓄えて 国の大事な決断に関われるようにしたいなと思いました。ヤジばかり飛ばしているような人にはあまりなりたくありません。

           ……と思っています。

そう思っていた時に発表された、コンクールとマーチングの中止。

まだ少し期待していた自分には、受け止めるのに時間がかかりました。

でも、いろんなみどじゃと電話やLINEをしているうちにあぁ本当になくなっちゃったのだなと実感をしました。

その時の感情はもう悲しいや悔しいを通り越して無になっていた気がします。

そして、次から次へとくる夏休みも冬休みも授業をしないと勉強が追いつかないという話。勉強が大事なことはとってもわかっています。ですが、先生もよくおっしゃられているように私たちは勉強するためだけに学校に行ってるわけではないということをもっと多くの大人の方に理解して頂きたいです。

高校三年生、この1年間。まだたくさん経験したいこと学びたいこと色んな景色が見たいです。

もうこの想いは叶わないのかなと思ってしまいます。

自分は何か悪いことでもしてしまったのかな。とも思います。

今も行き場のない想いでいっぱいです。

そんな中、つい最近ホルンの赤じゃの先輩方とビデオ通話をしました。3色でだったのですが、みんな入れ替わり立ち替わりでの電話でした。久しぶりなのに全然話は絶えなくて、自然とずっと笑顔が溢れていました。

楽しすぎました!笑

また、今日のパートミーティング。そんなに話すことは出来なかったけれど、顔を見るだけでやっぱり安心するし笑顔になれてまだまだ頑張らないと。と思う事が出来ました。

そして、何より先生の諦めないと言う言葉は今の私にとってお守りのようになっています。

多くの人に、みんなに救われています。

たくさんの元気をもらっています。

こんな時だからこそ、自分も誰かのそんな存在になる事が出来たらいいなと思います。

たくさん感情的に書いてしまいすみません。

やっぱり部活ノートはすごいですね。

今まで、逃げてきたこともきちんと自分自身と向き合って話をする事が出来ます。

あと、何回書くことが出来るのかな。

今回、初めてこんなことを思った自分がいました。』





「もし今頃部活があったら、きっとたくさんミーティングをしていることでしょう。

去年の部活ノートを見返してみました。

今頃は、YOSAKOI、コンクール、マーチング、週末は23日の合宿が当たり前でした。

私たちの成長の隣には必ず、ミーティングがあります。自分だけの殻に閉じこもらないで、意見を発信することでより自分の考えを深められたり、人の意見を聞き考えの視野が広がったり。円になって行うミーティングは全員の顔が見えます。だから、言葉だけじゃない、その人の話を聞く態度や相づち、全てが相手を理解する手がかりになります。私は、学年で行うミーティングが好きでした。今は、それが出来ません。声は聞けても、やっぱり会って話すことに越したことはどんなに便利な世の中でもないと思います。

早くみんなに会いたいです。

去年、美咲たち赤じゃを身近で見てきて、毎日のように感じる、新しいパワーの輝きに驚いていた記憶があります。上手く言葉に表すことが出来ませんが、ひとりひとりが考えて変わって、それを行動に移すこと、それが集まって強いパワーで私たちを導いてくれたこと、とても印象深いです。

毎日のようにミーティングをしてはまた新しい課題が見つかり、泣いて、笑って、そんな風に毎日が未知の更新でとてもかっこよかったです。私たちは来年来年どんな代になるのだろうそんなことばかり考えていました。

私たちは、赤じゃの先輩方にひどい言葉をたくさん投げました。その番が私たちには回ってこないのでしょうか

私たちが持っているまだ見ぬパワーが輝き出すのはいつになるのでしょうか

私自身、成長しなくてはいけない部分がまだたくさんあります。私の強い言葉で相手を傷ってけてしまったこと、熱が入れば入るほど視野が狭くなるということ、他にもリベンジしたいことが山ほどあります。

非日常を知った私たちだから知ることが出来たものがある。無理だと決めつけずに考える、工夫すること。3年生として部活動をやれた時間は先輩たちよりも短いかもしれない、でも短くても同じことを経験したいし感じたいそして、濃い時間にしたいんです。

学校に行きたいです。

こんな時ですが、私には大きな目標が出来ました。

それは、『部活動はコンクールの為にやっている訳じゃない。』このことを証明することです。

技術だけじゃない、得ることは沢山あるんだと後輩に引き継ぎたいです。YOSAKOI・コンクール・マーチングの全国大会がなくなってしまった今しか持つ事が出来ない目標です。ゆっぺたちみどじゃなら、空っぽの代なんかにしません。知恵を寄せ合って、考えて、

そして、歴代の先輩たちから、そして、これからの後輩に可哀想だなんて絶対に言われたくありません。

この事態にどうしても勝ちたいです。


強気でいないと不安が張り裂けそうで怖い、

だけど、想いだけだと薄れてしまう

毎日毎日、怖いです。これが一番の本音です。』





『コンクール、マーチングの中止が決まりました。正直なくなってしまうのではないか、と思っていた部分もありましたが、本当になくなってしまうなんて思ってもなくて、実感が湧きません。YOSAKOIもコンクールもマーチングもないなんて想像できません。

マーチングの曲、ききました。先生がLINEで涙が止まらないと仰っていて、私も覚悟してきいたのですが、本当に涙が止まりませんでした。大阪城で大きな扉が開いて、let's5432市船ー!と言ってみんなで走り出す姿や、緑じゃのみんなの顔を思い浮かべながらききました。緑じゃみんなで大阪城行きたかったです。私が1年の時のマーチングとは少し思いが違います。1年の時ももちろん悔しかったです。青じゃ、赤じゃの先輩方と大阪城行きたかったです。でも、今年は緑じゃみんなで行けるはずだったのでもっと悔しいです。樽屋先生が作ってくださった曲をみんなで大阪城で吹くはずでした。悔しくて悲しくてただただ辛いです。あんな素晴らしい曲を作ってくださったのに、コンテを作ることさえできません。マーチングの曲をきく度に涙がこみ上げてきます。あ、、ほんとにないんだ。と実感が湧いてきました。悲しいです。

高校生活はほとんど部活だったので、私にとっては部活=青春です。学校に、勉強しにいくのはもちろんなのですが、私は部活をしにいくという方が大きいです。

31番楽しいときです。1番青春できる年なのに、このまま何もしないで終わるなんてことは絶対にしたくありません。ゆりたちの代でしかできないことをしたいです。

昨日、緑じゃでパートごとにオンラインでミーティングしました。毎日TJKはやっていますが、ビデオ通話ではないので今回のミーティングでみんなの顔が久々にみれて嬉しかったです。いつも長い時間一緒にいるからこそ、安心感がありました。はやく直接みんなに会いたいです。

今、私たちができること。真剣に考えていきたいです。こんな状況でも負けません。前に進んでいきます。』




『先日、笑ってコラえての吹奏楽の旅2010での市船吹奏楽部特集を見ました。

色々な思いがこみ上げてきて、涙が溢れ出てきて最後まで見ることが出来ませんでした。

僕は中学生の時、YouTubeで笑ってコラえてを見て初めて市船吹奏楽部を知りました。

コンクールへ向かうバス中で汐風のマーチを歌合奏している姿が印象的でした。

当時は、キラキラした市船吹奏楽部が憧れで、雲の上のような存在だと思っていました。

進路選択の際、市船よりも近い学校や知り合いのいる学校は沢山ありましたが、どうしても市船吹奏楽部が心の中で引っかかっていて、忘れられなくてまるで引き付けられるかのように市船を選択しました。

前期入試で無事合格することができ、市船吹奏楽部の見学に何度も訪れました。

そして、いざ入学して入部すると、想像以上に過酷な日々でした。

市船吹奏楽部は中学校の部活とは別世界で、何よりも自分の楽器の技術が先輩方には全く及ばず、自分自身を突きつけられたような感じでした。

でもその時、せっかく市船吹奏楽部に入ったのだから絶対に上手くなろうと、たくさんの人に認めてもらえるような楽器の技術を身につけようと覚悟を決めました。

市船吹奏楽部にいると毎日違う自分が発見出来て、自分の出来ることと出来ないことを突きつけられます。

そこでどれだけ素直に謙虚に受け入れて努力できるか、それが大切なのだとわかりました。

そうして、YOSAKOIソーラン祭り、コンクール、文化祭、定期演奏会、冬コン、1000人の音楽祭、スプリングコンサート.....と沢山の貴重な経験をして、経験の塔を積み重ねてきました。

弱い自分に何度も向き合いました。

時には、努力が認められて自分に自信を持つ時もありました。

辛くてもその先で必ず輝くことが出来ると信じてずっとずっと積み上げてきました。

市船吹奏楽部はどんな代も3年生が1番輝いています。

1年生での経験、2年生での経験、そして、3年生の経験をして市船吹奏楽部の経験の塔が完成します。

たくさんの経験をして、様々な視点を持って定期演奏会に向かって突き進みます。


そのはずでした。


何でこの緑ジャ友理たちの代なのでしょうか。

決して他の代でこんなことが起きることを望むわけではありません。

でも、なぜ私達なのでしょうか。


コンクールへ向かうバス中で歌合奏する市船吹奏楽部の姿、ずっとずっと夢見てきました。

叶わずに終わるなんて思ってもいませんでした。


コンクール中止が決定したその晩、笑ってコラえてを見ました。

中学生の頃に見た時とは全く違う捉え方になっていました。

楽器の技術に悩んだり、人間関係で悩んだり、そう悩んでいる姿って何故だか輝いて見えました。

以前、○○が「悩める環境って幸せだよね。」と言っていました。本当にその通りだと思います。

ずっと家にいると、人間関係に悩むことなんてほとんどありません。

悩んでいる時って本当に辛いけれど、それこそ幸せですね。

辛いと幸せって何だか漢字も似ていて紙一重のように感じます。


散々思っていたことを書いてしまいましたが、とにかく今は自分に負けません。

早く悩みのある部活生活に戻りたくてその一心です。

信じて顔晴ります。』







『最近ではオンライン授業がはじまりました。毎日ではなく1日おきに授業があります。不思議な感覚でした。先生の声とテキストだけが表示されていて、授業を受けている生徒は何も表示されません。授業内の質問などは全てチャットで打って、質問しています。最初は不安しかなかったのですが今では慣れっこです。これも現代ならではですね。多くの人がスマートフォンなどを常日頃活用して過ごしているからこそ、すぐにできることなのかなと思います。

生活面ではだいぶ前に1時間ほど歩いていた時期がありました。夏日と言われた日に2時間ほど厚着をしながら歩いたら軽い熱中症になりました。それ以来あまり歩かなくなりました。歩くかわりに踊ったりストレッチしてりして学校がはじまっても大丈夫なように体を動かしています。ですが、外に出ていないため夏の気温に耐えられるか心配になっています。少しづつ外に体を慣れさせようと思っています。外に出ない分家で過ごす時間が多い=家族と過ごす時間が多いです。兄が大学生なのでオンライン授業をやっています。オンライン授業をやっている間は楽器を吹くことができません。あいまをぬって吹いたり吹かなかったりしています。そして久しぶりにお父さんと会いました。お父さんは単身赴任していて、コロナが流行ってしまったためゴールデンウィークも帰ってこれませんでした。ですが、14日に多くの県が緊急事態宣言が解除されたので2ヶ月ぶりに帰ってきました。久々に家族がそろって色々話したりしてすごく嬉しかったです。顔を見て話すと安心します。』





「子供は見たくないものから簡単に目を逸らすことができます。大人はできません

だから子供は汚くて大人は綺麗だと思って生きていました。

ところが今は大人が黒く汚く見えます

まるで自分の道を通せんぼするみたいに。

すごく邪魔です。

でも大人について行くことしか子供はできません

だからずっと子供は黒く汚いのです。

そして大人になっても黒く汚くなります。』





『船橋市のホームページに、

部活動開始は615日以降で、2時間以内と書いてあるのを見ました。

1224日、25日も授業があると書いてあって、

「定演の練習が短くなってしまう。」ととっさに思いました。

お願いだからこれ以上私達の時間を奪わないで欲しい。

これからどうなるのか分からないのがすごく不安です。

緑ジャの集合写真を見ているだけで泣きそうになってしまうんです。

私にとって市船吹奏楽部は心の安定剤みたいな感じで、自分の心臓の一部みたいになくてはならない場所なんだと、最近実感しています。

みんなの暖かさが私には必要です。本当に早く会いたい。

9月入学になってくれれば・・・とずっと思っていましたが、9月入学になってそれでまたみんなに会えない日々が始まったら耐えられないです。

最近は部員の誰かと電話したりして元気をもらっています。


みんなが辛くても前を向いて頑張ろうとしている姿を見ると、「そうだ、頑張らないと」と思えます。

こんな言い方はおかしいかもしれませんが、

この状況を一緒に乗り越える仲間が市船吹奏楽部で本当によかったです。


私が部活のみんな支えられているように、

私が部活のみんなを支えられるように、強くなりたいです。』





『前回のノート提出の日から変わったこと。

コンクールとマーチングが消えたこと。

先生の言う通り、予定通り開催された方が驚いたかもしれません。でも最後の最後まで発表されなかった東関東なら、と少し希望を持っていた自分がいました。もちろんコンクールマーチングが全てではないけど、今まで楽しみにしていたこと、憧れていたこと、夢見てきたことが叶えられない。自分たち努力で変えられることではなく、根本的に、無い。悲しいし悔しいけど涙は出ませんでした。私より母の方が泣いていました。私はまだ実感がないのか、でも絶対みんなに会ったら泣くんだと思います。そんな気がします。今はなんのために頑張っていいかわかりません。でもここでやめちゃいけないと心で思って、毎日楽器を吹いています。長い期間家で一人で吹くのはあまり楽しくありません。辛いです。音を楽しむことが音楽だけど、思うように思い切り音は出せないし、仲間と奏でる楽しみをわかちあいながら吹くこともない、今の自分は前より上手くなってる気がしません。でも下手にはなりたくないです。いつかみんなで音楽できる日のために頑張ります。


最近、私たちは本当にこれで卒業という未来が少しずつ見えているようで本当に不安で怖いです。このまま卒業なんて高校生活なにしてたんだって、この先一生 可哀想なコロナ世代と言われて生きていくのかな、そんなこと考えてしまいます。ネガティブなことをずらずらとすみません。

でも先生のことを信じたいです。不安でも、絶対いいことが起きると信じて今をすごします。』





『こんにちは

9月新学期になって、もう一度やり直すことが出来なくてもいいから、YOSAKOI、コンクール、マーチング、バンドフェスタ、地域の行事、ひとつでもいいからもう一度チャンスが欲しい。

コンクール、マーチングどちらかだけでもいいから、通常開催でなくてもいいから、延期でもいいから、やらせて欲しいと思っていましたが、

やはり全て無くなってしまいました。

知らせを見た時、あーーーやっぱりな、

と他人事の様にしか思えませんでした。

これからどうすればいいかもわからないし、

この先本気で楽器練習することもないのかな

シャワー浴びたの!?ってくらい汗かいて踊りたかった。

沢山時間をかけて緑じゃでコンクールについてミーティングしたのに、出場権さえない。

長い時間全員で合奏することもできない

去年、大阪城ホールでマーチングをみたとき、

自分たちの代の時のことを想像しながらみた。

今年はマーチングでたかった。

英姿のメンバーがきつい練習をこなしているのをみて、羨ましかった。

今年こそはと思っていた。

合宿は辛いことが多いけれど、

今はものすごく合宿がしたい。

きついけれどみんなで励ましあって練習したい。

まだ友理たちの代で何にもしてないのに。

人数が多くて全員でコンクールにのれない。

思ってはいけないことだと思うけれど、

なんでよりによって私たちの代でこんな事になるのか。前から仕組まれていたみたいに。


ものすごく自己中心的、他人の事なんて考えていない、一時的な感情のままの文章ですが、これが今の私の1番素直な気持ちです。


家にいると、部活の事を話せる人がいないし、電話で友達と話していてもみんな同じ気持ちを我慢しているんだろうし、辛い気持ちになりたくなくて、深く考えないようにしていました。

今まで感情的になるのはよくないと、自分の気持をコントロールして、自分が正しいと思った結果を部活ノートに書いていましたが、

「部活ノートはマイナスの感情、怒りの感情などを抑え込まず思いっきり出していいからね。」

高橋先生がLINEに送って下さったこの文章を見て、自分の気持ちと素直に向き合う事が出来ました。

先日、緑じゃでパートミーティングをした時に、

みんな辛いはずなのに、前向きな発言が多くありました。

私が考えてもいなかった所にまで視野を広げて、

すごく前向きに捉えていました。

普段はほわぁーっとしているFL緑じゃですが

こうゆうときに励ましの言葉がすっと出てきて、

逃げずに向き合い考えている4人、

近くにこうゆう人がいる事が幸せです。

本当に尊敬します。

早くみんなに会いたいです。

このまま、高校生活が終わるなんてことありません。

先生を始め、私たちの事を想い行動してくれるような大人の方たちがいます。

とても心の支えになります。

何かしらの機会が必ずあると信じています。

ネガティブになっていたら、そんな機会を自分から逃してしまうような気がします。

辛いことを乗り越え、努力した分だけ、幸せは倍になって自分の元に返ってきます。』




『コンクールもマーチングも中止になってしまいました。吹奏楽連盟のホームページを見ましたがどうしても信じられなくて、みんなとコンクールの事についてLINEで話してもなんだか実感が湧かなくて。そんな時、ローマの祭りを聴いたんです。聴いているとき、合奏セットが思い浮かびました。まだ、みんなと譜読み合奏すらしたことないのに、合奏セットにはみんながいてローマの祭りを演奏しているんです。この時ようやく実感して、涙が止まりませんでした。課題曲に歌詞をつけたかったな、自由曲の物語をつくってみたかったな。とにかくその日は放心状態でした。どこにもぶつけることのできない悲しみや悔しい気持ちは日に日に私をネガティブ思考にさせるのです。そんな時に送られてきたマーチング曲。卑屈になった私の心にすっと入ってきました。すごくすごく素敵な曲です。また涙がとまりませんでした。自分達の代で樽屋先生に作曲していただいて、こんなに素敵な曲があるのにマーチングができないなんて。私はマーチングが出来ること、すごく楽しみにしていました。もともとユーフォだった私は、1年生の時は音巴たちをみて、

ユーフォの緑ジャの子たちと凄いね、かっこいいね!と言って盛り上がって、ただ単純に憧れていただけでした。2年生の時はコントラバスになって、柚希組として美咲たちを応援する立場でした。同じパートだったユーフォの緑ジャが、今年は全国の舞台に立っている。凄いな、誇らしいなと思う反面、自分は何やってるんだろうって悔しくなることもありました。もえ先輩がフルートを、あかり先輩がトロンボーンを、はるき先輩がユーフォを、たつや先輩がドラムメジャーをやっていた姿は一生忘れられません。来年は私も先輩方のようになりたい、と強く思いました。

3年生。やっと全員で乗れる。みんなに追いつける。私もみんなと同じステージに立てる。そう思っていたのに。

めいとお話しました。カンパニーがみえるね。マーチング一番楽しみにしてたんだよ。一緒に吹きたかったね。って言ってくれまし

た。私がユーフォだったとき、悩みがあるときはめいが相談にのってくれました。いつもめいに支えられていました。楽器の技術があって、ダンスもできて、いつも周りの人を笑顔にさせてくれる。楽器やパートのことにはいつも真剣で、悩んでいるときは私に相談してくれることもありました。めいは私の憧れです。そんなめいを同じパートとして近くで支えたい、と一年生の時は思っていました。

パートが離れた今もよく相談しあっています。私は今もめいに支えられています。

先生からのLINEを読んだとき、すぐにめいだとわかりました。めいが私のことをこんなふうに思ってくれていたんだと知り、泣きました。本当に嬉しかったです。

手が震えて上手く文字が打てません。

話は変わりますが、昨日は緑ジャでパートミーティングをビデオ通話でやりました。TJKで声は毎日聞いていますが、顔を見るのはすごく久しぶりで、みんなと顔を合わせることができて嬉しかったです。顔を見て話せば、話している人の熱量が伝わってきてどんどん話が盛り上がります。やっぱり顔を合わせるって大切だな、と感じました。LINEの文章だと話している人の温度は伝わりにくいし、文章で表現するのが苦手な人もいると思います。パートのみんなにLINEをしても返信が無い時が多く、みんなに自分の文章がちゃんと伝わってるかな?と少しだけ不安になってしまうことがあります。でも、私もLINEの返信を躊躇ってしまうことがあるので、自分こそ、躊躇わずに思ったことがあれば積極的に言葉にしないとダメだなって思いました。文字だけのやりとりって難しいですね

ミーティングでは今の気持ちを話したり、今出来ることを考えたり、あとはいつも何してるー?とか、他愛ない話もしました。みんなの素直な今の気持ちが聞けて、少し自分の気持ちも整理できた気がします。このミーティングがなければもっとネガティブなことを書いていたかもしれないです。みんなと顔を合わせて話をすることが私にとってすごく大切で必要なことなのだと実感しました。

先生は私達の負の感情を全部受け止めようとしてくださいます。諦めない、と言ってくださいました。そんな先生の熱い言葉を、早く直接、目を見て聴きたいです。そして、早くみんなと顔を合わせて、円になってお話したいです。』






『明日が来る、未来があるのは絶対ではないと突きつけられました。コンクールもマーチングも、何も出来ないまま崩れていきました。紺ブレでコンクールに出ることも、青い衣装を着て大阪を目指すことも1度も叶いませんでした。悔しいです。

明日が、思い描いていた未来が、確実なものではないのなら、確かにここにあると思えるのは「今」だけです。いつ日常に戻れるのかは誰にも分かりません。これまでを振り返っても、これからを不安に思っても、あるのは今です。今自分が何をするべきか考えます。


でもやっぱり1人では辛いです。早く緑じゃのみんなと会って、いっぱい話がしたいです。』




『コンクール、マーチングがなくなったこといまだに実感が湧いていないのが本音です。みんなと会ってないからなのでしょうか。それともある程度覚悟していたからなのでしょうか。無くなったというのを聞いた時、涙も出ずただただぼーっとしていました。みんなは今どんな気持ちなんだろう。これからどうなっていくんだろう。そんなことを考えながらぼーっとしていました。

でも今日先生が全体のグループに送ってくださったみんなの部活ノートを読んで、少し実感がわいてきました。中止になるなんて思ってもなかった時にコンクール、マーチングどうするか緑ジャで円になって話し合ったミーティング。すごく鮮明に覚えています。緑ジャが緑ジャのことをすごくたくさん考えてたくさん悩んで覚悟を決めてみんなで頑張っていこう。すごくみんなの心が一つになった感じがして私もすごく頑張ろうと思えました。特にみんなで出れるマーチングに本当に出たかったです。去年は辛かったこともたくさんあって、マーチングが嫌いになりそうになったことも何度もありました。それでも本番は本当に楽しくて楽しくて涙が出てしまったくらい素敵な景色でした。来年は緑ジャみんなで7時間バスに乗って大阪に来たい。おいしいすき焼きをみんなで食べたい。そして大阪城ホールのあの緑の床でマーチングがしたい。そう思いました。なんだかやっぱり信じられません。

あたり前って本当に当たり前じゃないんですね。当たり前のようにコンクールがあって、マーチングがあって、何も考えられないくらい忙しい日々が続くと思っていました。どれだけ感謝すべきことだったのか考えてたつもりで全然考えられてなかったです。でもやっぱり私たちは幸せものです。活動ができていないなかでもたくさん応援してくださっている人がいて、大切な仲間、先生に恵まれて、本当に幸せです。私は市船の実績以上のものに惹かれてここに来ました。だから諦めません。とにかく今は早くみんなと会いたいです。話したいです。音楽がしたいです。』




『一昨年のマーチングの時に、今までの市船を作ってきたのは歴代の先輩方であって、私では無いという文を書きました。市船の一員になって自分も皆に誇れるようなものになった気がしたけれど、それはただ、市船という名に甘えていただけなのだと。

やっと自分たちの力で市船を作っていける、と思っていたんです。先輩方に継いで、緑じゃの力を合わせて。そうしたら本当の意味で胸を張れると思っていました。これが私達市船だと。

それがもう出来ないという訳ではないでしょう。友理達の代が終わったわけではありません。

だけど、私にとってこれこそが「市船」だと言えるものが、今になって、本当に少なくなってしまいました。YOSAKOI、コンクール、マーチング。

何回も合宿して、夜遅くまで練習して、汗だくになりながらそれでも励ましあって完成させたそれらは、私の誇りでした。コンクールやマーチングは私はメンバーではなかったけれど、だからこそ最後の年、出ることができたなら絶対に頑張ろうと。

その結果、どうなるかは分かりません。今までのように進めるなんて保証はどこにもない。東関東も、大阪城も、その時のメンバーが懸命に努力したからこそ掴めた切符です。


だけど、私達はそれに挑戦することさえできないのですか。


来年のYOSAKOIはどう工夫しようかと話し合いました。次こそはファイナルに出るんだと決意しました。

今年はテナー2人で出よう、一緒にステージに乗ろうとかのんが言ってくれて嬉しかったです。メンバーについて何度も緑じゃで話し合いました。

1年の時、県大会で終わってしまって。その悔しさを英姿が晴らしてくれて涙が出るくらい嬉しくて、感動して。けれど来年こそは自分の力で大阪城に行きたいと思って、緑じゃ全員で出るのが楽しみで仕方なくて。


そういう想いが、気持ちが、もう叶うことはないんですね。思いたくはないけど、無駄になってしまったんでしょうか。

もうどうしたらいいのでしょうか。失くしたものばかりに目を向けるな、大会が全てじゃないだろ、前向きになれと叱る自分もいるのですが、全くその通りにできません。


これ以上かいても不毛な文ばかりにしてしまいそうです。考えがまとまらないままで、すみません。この休み中、もっと考えます。考えて、自分の納得できる答えを出して、皆の前に戻りたいです。』












私は諦めていません。



朝、散歩していたら、頭に、おでこに冷たいものが、ポトっ、ポトっと2回。

上には高くそびえる木。

水滴かな。と気にせず再び散歩。

公園のトイレに入り鏡を見たら、

なっなんと!

水滴ではなく、鳥の糞が頭とおでこにだらーっと付いているではありませんか。


ギャー❗️❗️

ガーン❗️❗️



すぐに洗い落としましたが、


ふっと、









おー、運がついた!!

こりゃ、ラッキーだ!!






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あと223日。



信じる者は救われる。ではなく、信じる者は騙される。これは努力もせず感情に任せた場合のこと。






しかし、

人事を尽くして天命を待つ。


信じる者は救われる。と私は強く信じる。

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