43万人。

不登校、または学校に馴染めない中学生の数。先日のYahooニュースに載っていました。


本当なのでしょうか。疑いたくなる数字です。




43万人。

この数字が意味するものは何でしょう。

その要因を考える必要があります。






学校への固定観念、既成概念を先ずは捨て去り「学校とは何か?」を根本的に考え直す必要があるのではないでしょうか。







『末は博士か大臣か』

『立身出世』


もはや死語。




この言葉に煽られ偏差値教育は進化に進化を遂げ続けました。結果、偏差値により高校、大学はランク付けされました。


士農工商は消えましたが、その代わりに偏差値学力カーストが生まれました。


偏差値が低い高校、大学へ行った者=人生の敗北者というレッテルが生まれました。(もちろん実際は違いますが)





偏差値がレッテルになった裏付けとしてこのようなことがあります。


本校に、いわゆる世間一般に言われている偏差値の低い高校から異動されて来た先生方がいらっしゃいます。


その先生方が異口同音におっしゃること。

生徒が口にすることです。

「どうせ、私○○高校だし、どうやって○○高校に誇りを持てと言うの?どうせ、私は馬鹿なんだから。親にも言われた。そんな高校行くなら、働けと。この○○高校は馬鹿で世間から認めてもらってないし。誇りを持てとか、ばっかじゃないの。綺麗事言わないで。」

そこには学力によって自己否定された十代の心の叫びがあります。




また、大人は大人で。

大人の学歴詐称問題は後を絶つことはありませんでした。










しかし、高度経済成長を終え、バブルを終えた今、私たち大人は知っています、

世の中を生き抜くことに必要なものは学力だけではないことを。学力よりも大切なものがあることを。



知っているくせに子ども達に学力の高さを強いる。これでもか、これでもかと強いる。勉強する子は良い子。勉強しない子は悪い子。白黒に選別する。

なぜ、この負のループを断ち切らないのでしょう。


未だに偏差値の高い学校へ行けば幸せになれると、裕福になれると信じ込んでいるのでしょうか。


世の中へ出て、それは違うと、はっきりと知りながらも変わることなく子ども達に学力の高さを要求する親たち。



おかしいでしょう。





人生の豊かさ=学力 ではありません。誰もがわかっていらっしゃることです。







私たちが生きていく上で最も重要視しなければならないことは自己肯定感です。




学力が上がったから自己肯定感を持てた人がいるでしょう。


学力を思うように伸ばせず自己否定感に苦しめられた人がいるでしょう。


部活動を頑張ることにより自己肯定感を持てた人がいるでしょう。


部活動が思うようにいかず自己否定感に苦しめられた人がいるでしょう。


行事で活躍し自己肯定感を持てた人がいるでしょう。


行事が苦手で自己否定感に苦しめられた人がいるでしょう。




何事にもプラスとマイナスがあります。


100%プラス 100%マイナス

そのようなものは存在しません。







なぜ?部活動ばかりを責めるのでしょう。


勉強により学校が嫌いになり、自分が嫌いになり、自己否定感に苦しめられている児童、生徒が沢山いるというのに、なぜ?部活動ばかりが責められるのでしょう。


勉強には苦しめられたが、部活動により救われた児童、生徒も沢山います。



反対に部活動により学校が嫌いになった児童、生徒ももちろんいると思います。



様々です。

100%はありません。



部活動ガイドラインを作られたのなら、お勉強ガイドラインをお作りになられ、働き方改革、勉強で苦しむ多くの児童・生徒たちを救うことも必要なのではないでしょうか。


部活動にメスを入れられたのなら、お勉強にもメスを入れる必要があると思います。


それとも勉強は違うとおっしゃるのでしょうか。こんなにも数多くの児童、生徒が勉強により心が深く傷付けられているというのに勉強だけは違うと言い張るのでしょうか。児童、生徒は部活動などせずに勉強だけやっていればいいと本気で思っているのでしょうか。














学校は勉強する所ではないと思います。

もちろん部活動をする所でもありません。



学校=勉強 学校=部活動  という、この固定観念と既成概念を直ちに捨て去らなければならないと考えております。



あくまでも学校は自己肯定感を得る場でなければならないと考えております。




その為には、学校の中に多種多様な価値観が必要になります。鮮やかな色とりどりの世界である必要があります。



部活動を批判されている方々はあまりにも一方的です。部活動で自己肯定を得ている児童・生徒が現実的に大勢います。その子たちは、どうなるのでしょう?その子たちは悪なのですか。




勉強により自己否定を余儀なくされ苦しんでいる児童・生徒も大勢います。

部活動同様、勉強というものについても本気で考え直す必要があると考えます。






児童・生徒が自己肯定を得るためには


数学という価値観も必要です。

古典という価値観も必要です。

物理という価値観も必要です。

英語という価値観も必要です。

音楽という価値観も必要です。

体育という価値観も必要です。

家庭科という価値観も必要です。

サッカー部という価値観も必要です。

野球部という価値観も必要です。

水泳部という価値観も必要です。

演劇部という価値観も必要です。

美術部という価値観も必要です。

図書室という価値観も必要です。

パソコンという価値観も必要です。

etc



ただし選ぶのは生徒です。

私たち大人ではありません。



学校に集う子ども達は私たち大人が想像も出来ない素晴らしい個性を持っています。


その色鮮やかな子ども達の自己肯定感を育む場所が学校であるべきだと考えています。



43万人という数字。

これは学校が白と黒でしかないことを示唆しているのではないでしょうか。




学校=勉強 ではありません。


学校=自己肯定感を育む所です。



いや、

社会=自己肯定感を育む所

なのではないでしょうか。



だからこそ、

学校に、そして社会には多種多様な価値観が必要なのではないでしょうか。そしてその多種多様な価値観を尊重し合うEQが必要なのではないでしょうか。



働き方改革も、部活動ガイドラインも、白と黒の世界を作り出しただけなのではないでしょうか。


皆さん、風潮に、同調圧力に、都合に流されずに子どものことを本気で考えませんか。



私たち人間は色鮮やかなはずです。




一方的にならず、

学校を、職場を、社会全体を自己肯定という視点から考え直してみませんか。


不寛容から抜け出しませんか。

話し合い、議論をし、寛容を手にしませんか。




今年度の入試より、

性別を記入する必要性がなくなりました。もちろんLGBTの方々に対する配慮です。



多種多様な価値観。

その価値観を尊重し合う社会。

世界は大きく動いています。



学校の存在意義が勉強でもなく、部活動でもなく、自己肯定にあることに早く目を向けるべきです。勉強も、部活動も、その他諸々のこと全てが自己肯定を得る手段であると認識すべきです。





勉強が偏差値と直結した時、悲劇が始まりました。

部活動が勝つことと直結した時、悲劇が始まりました。

同じではありませんか。




学校を、社会そのものを考え直すだと考えます。













43万人という数。


学校が白と黒ではなく、色鮮やかになれば減ると私は信じています。


色鮮やかになる努力が求められます、私たち教師に。


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日曜日に行われる新春合同交歓演奏会という友理たちにとって初の大きな本番へ向け、練習に励む緑ジャ&青ジャ 友理たちの代。


彼らにとって部活動は自己を肯定する大切な手段。そこには当然努力が伴う。また相手を思うEQの力も試される。実に教育的意義の深いものである。








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引退式 

第一部
皆で後輩たちの手作り料理(お家の方がお作りになられた!?)を美味しく食べる!先の12月25日に行われた定期演奏会DVDを観る!!
あの感動を再び!!

久し振りの赤ジャ美咲たちの笑顔に後輩たちはハイテンション!!


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第二部

しんみりと。深く心に刻む。

3年生から一言ずつをいただく。
皆、高校生とは思えない哲学的なことを、生きる美学のようなものを次から次へと述べていく。その言葉に嘘はない。安心しきった中での言葉の数々。

私は彼らが1年の頃を思い出しながら聞いていた。

感慨深いとは、まさにこのこと。

彼らのこれからの人生。
自らの力で切り開いていくことだろう。

ここにはEQを育む力があると、改めて痛感。

3年生一人一人の言葉から私自身数多くのことを学ぶ。

教師などちっぽけ。生徒の力は大人の想像を遥かに超えるものである。

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後輩から3年生へ演奏のプレゼント。

涙  涙  涙。


その後、皆で輪になり合唱。

この1年間、こうして何度皆んなで合唱したことであろう。

涙  涙  涙。



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そして第三部!!


ユーモアと満面の笑顔で締めくくるのが!!
我が市船吹奏楽部!!!



2年生の出し物!!
3年生の出し物!!


全員でYOSAKOIを思いっきり踊り、



美咲たち!!引退式終了!!!







部活動だからこそ得られる自己肯定感がある。

どうか十把一絡げにしないでいただきたい。

人それぞれでいいではないか。

部活動が嫌いな人は嫌いでいい。
部活動が好きな人は好きでいい。


それだけのこと。
十把一絡げにすることではない。
議論もせずに押し付けることではない。




こんな表情をする部活動を『ブラック部活動』とか『闇部活動』とか勝手に決め付け、簡単に口にしないでほしい。






人それぞれでいいではないか。



あなたにはあなたのやりたいことがある。
私には私のやりたいことがある。
それでいいではないか。








学校から多種多様な価値観を、もうこれ以上奪わないでほしい。






美咲たちの未来に乾杯!!!

十代の若者の未来に乾杯!!!


好きなことを思いっきり、とことんやれ!!!
その代わり半端な気持ちではなく、真剣に、どこまでも誠実に。
失敗を恐れずに!!






反省と後悔は違う。

後悔だらけの人生ではなく、反省だらけの人生にしよう。なっ!美咲たち!!!

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今年で27回目の千人の音楽祭。

私が31歳の時、始まりました。


本日は小学校、中学校合同オーケストラ総勢600名。市船第三体育館地下メインホールで練習を行いました。市船吹奏楽部員は朝からお手伝いでした。


この27年間変わらぬ風景。

保護者の方々が楽器を運搬され、先生方が協力し、運営して来ました。

この文化を船橋市の中で守り続けることは並大抵のことではありません。よくぞ27年間も変わらぬ風景を続けて来られました。先生方、保護者の方々、一般バンド、オーケストラの方々のお陰です。多くの方々の善意が結集されなかったら成り立たない演奏会です。





子ども達のレベルは確実に上がっています。

ファリャ作曲の三角帽子。難曲です。指導は若手 行田東小学校 潮見先生。才能溢れる方です。

その合奏の素晴らしさに私はただただ感心して見ていました。潮見先生は小さい頃から千葉県少年少女オーケストラでバイオリンを弾かれていたそうです。井上道義氏はじめとした名だたるプロ指揮者のもとで音楽をされて来られた経験が溢れ出る指導でした。Blabo!!




やる気のある若い先生の目を摘むような学校教育にならぬことを祈るばかりです。



やりたい方はおやりになればいい。やりたくない方は無理におやりになる必要などありません。








【◆感情知能(EQ) 自分の感情を正しく認識してコントロールするとともに、他人の感情を適切に読み取って対応できる力とされる。「情動知能」「心の知能指数」とも呼ばれる。EQの高い人はプラス思考で問題処理能力があり、創造性、協調性なども高いとされている。現在では教育現場にとどまらず、企業や自治体での人材育成などに広く取り入れられるようになっている。】西日本新聞 教育欄より



 



市船吹奏楽部員は感情知能(EQ)が高い。と思われる。日々の活動は感情知能のトレーニングと言っても過言ではないような気がする。感情知能を高めようと

意識して行って来た訳ではないが、結果、振り返ってみると、市船吹奏楽部の活動はEQに直結しているように思える。











昨今、学校現場において感情知能が注目されるようになって来ていると聞いたことがある。

その背景にはゲーム依存、スマホ依存などの子どもを取り巻く危機的現状があるのではないだろうか。

自分の感情をコントロール出来ず、キレたり、暴力的になったりする。その一方でいじめや不登校は増え続けていると言われている。


子どもたちは感情のコントロールが非常に難しくなって来ているように思える。






 文部科学省は2018年度の小中高校における暴力行為は72940件。前年度(63325件)より約1万件増えている、と報告している。


 この現実に対し、文科省は憂慮すべき事態であると述べている。

このままでは危機的状況を招く可能性があると考えている。

 



文科省は形骸化した道徳教育に問題があると指摘し、道徳教育の教科化を掲げた。

文科省の指摘も理解出来るが、現場の生徒と真摯に向き合って来た経験から言わせてもらえれば、問題はそこだけではない。


そもそも道徳教育は道徳という時間だけに行うものではなく、常日頃行うものであると、現場の先生方は考えていらっしゃる。


私は『道徳』という言葉に抵抗がある。現場で30年以上生徒の前に立ち続けて感じることは、確かに道徳は魅力的なものである。が、生徒たちに対し道徳を強いると、何故か生徒たちは道徳から遠ざかろうとする。しかし、考えてみれば、これは生徒に限ったことではない。我々大人とて同じ。道徳そのものは魅力的だが、他者から強いられた途端に跳ね除けたくなるものだ。それは理屈ではなく、人間とはそういうものなのかもしれない。



道徳教育は非常に難しい。中身を伴わず、形だけに陥り易い扱いにくい分野である。




これは私の経験だけからの話だが、部活動ほど道徳的な意義について深く思考できる場所はない、と考えている。



道徳をどう定義するかにもよるが、先に述べたように国がEQに注目し、教育現場の憂慮すべき現状の打破を道徳教育に求めるならば、部活動にこそ『自分の感情を正しく認識してコントロールするとともに、他人の感情を適切に読み取って対応できる力とされる。「情動知能」「心の知能指数」とも呼ばれる。EQの高い人はプラス思考で問題処理能力があり、創造性、協調性なども高いとされている。』ものを養う教育力がある。



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明日は美咲たちの引退式です。





千人の音楽祭、新春合同交歓演奏会の準備、練習と忙しい中、友理たちは一生懸命美咲たち引退式の準備をしました。



部活動にはEQを高める何かが存在しています。





12月25日 定期演奏会終了後から一度も会っていません。久し振りに会う美咲たちです。










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