突然、大石秀子先生より心温まるお手紙を頂戴いたしました。


恐縮すると共に大変感激しております。


私と大石秀子先生は全く面識がございません。もちろん、私は大石先生が市川一中時代にティル・オイレンシュピーゲル名演奏で全国金賞に輝かれたこと、その時のホルン奏者が故平塚晴樹さんでいらっしゃったこと、そして何より大石先生の弟さんが、あの習志野高校吹奏楽部サウンド生みの親、新妻寛先生であることは存じ上げておりました。

大石先生は今年で86歳になられます。凜としたその字体にお人柄を感じました。



私と大石先生の間に野田紀美恵様という方がいらっしゃいます。

大石先生と野田様は旧知の仲。

野田様も学校の先生をしていらっしゃいました。ソプラノ歌手でもいらっしゃいます。現在80歳になられます。その美声に何度も心揺さぶられています。


野田様と私の出会いはテレビ。

市船吹奏楽部が「笑ってコラえて」に出演したのを野田様が観ていらっしゃったとのことでした。「何ともまぁ変わった先生がいるものだと、しかし自分自身とよく似ている感性を持つ人だなぁ。」とテレビ越しの私をご覧になり感じられたそうです。野田様のお住まいが市船のすぐ近くということもあり、こんな私にご興味を持たれた野田様がひょっこり市船に来られました。それ以来のお付き合いとなりますから、かれこれ10年にもなります。人の縁とは誠に不思議なものです。



その野田様が、大石先生に私の話をしてくださり、海のものとも山のものともわからぬ私に心温まるお手紙を送ってくださいました。



長文でした。

幼い頃、お父様が亡くなられ弟でいらっしゃる新妻寛先生をおんぶされながら共に生きて来られたこと、その新妻寛先生の歴史、幼少の頃から習志野高校吹奏楽部顧問としてご活躍されるまでのこと、ご自身の教育観、市川一中時代の吹奏楽漬けの教員生活のこと、教え子ホルン奏者平塚晴樹氏の急逝の悲しみのこと、ご自身のご家庭と吹奏楽部顧問としての両立の苦悩などが赤裸々に綴ってありました。面識もないこの私にここまでの思いを語られたことに感動致しました。


その大石先生の熱い思いに私は私のやり方で今後も応え続けなければならないと身が引き締まりました。





長文の手紙より引用ささて頂きます。




    私の宝、10年間の吹奏楽部メンバーの一覧です。最初の部員は今年61歳になります。音楽を職業にされた方もいらっしゃれば、皆で音楽を作り上げた経験を活かし真摯に生きていらっしゃる方々ばかりです。部活動の持つ力です。


音大を希望していた弟寛は、母親から「男は音楽などやるものではない。」と反対され千葉大学教育学部 物理科へ入学。千葉大学ではオーケストラ部に入りフルートの名手として活躍していました。小さい頃から音楽が好きで、横笛が上手でした。富里町の祭りでは中学生ながら祭り演奏の中心的存在として横笛を吹いていました。船橋市の宮本中へ転校後、フルートを始めました。

初任は印旛高校。部活は吹奏楽顧問。物理が主か、吹奏楽が主かわからぬ勤務をしていたのだと思います。


    昭和50年代は荒れる中学校と言われ、部活動に入部している子ども達は目的意識がはっきりとしていましたので、心配はありませんでしたが、クラスの生徒で目的意識を持たぬ考える葦ではなく弱き葦の子たちは心配でした。いつ横道に逸れ染まっていくか知れず、その子ども達を守る為に持てる力のほとんどを費やしました。部活動の方は土日返上、夏休みも、冬休みも、春休みも私にはありませんでした。どの子も、どの子も私にとりましては100パーセント良い子でした。


  部活動は余課であっても、その子どもたちの一生を左右する大きな大きな力があります。大切な教育活動の一翼です。


貴校の定期演奏会を楽しみにしております。野田様と三人でお逢い出来ることを楽しみに致しております。』




大石先生が大切にされている当時のコンサートプログラム資料も同封してくださいました。


大石秀子先生の教師としての生き様を感じるお手紙でした。


86歳になられる大石秀子先生の言葉一つ一つの重みと味わいを噛み締めながら読ませていただきました。





私の中学校の恩師も大石秀子先生と同年代です。社会科、水泳部顧問。部活漬けの先生ではありませんでした。金八先生のような感じの方です。私はこの先生の影響でサラリーマンを辞め、教師になりました。私は新妻先生のように吹奏楽を子どもたちに指導したくて教師になった訳ではありません。たまたま吹奏楽部の顧問になりました。本当にたまたまです。最初は嫌々ながら始めましたが、子どもたちの成長に驚き、部活動の教育力の高さを知りました。



人それぞれです。

だからいいんです。




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私どもは、マーチングコンテスト県大会を終え、オフ、学校説明会を挟み、昨日より福島県猪苗代に来ております。





部員全員で取り組む合宿です。
アポロンはコンクール曲の細かい詰め。練習すればするほど、出来ない所があぶり出されます。
ニケはニケオリジナルコンサートへ向け、数々の曲にチャレンジ。

最終日の夜は部員全員で打ち上げです。通称 どんとパーティを行います。どんと  とは温かいという意味です。



(バス移動では爆睡、全員合奏後のひと時、部員皆で夕食)

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猪苗代湖の写真はありませんが、眼下に広がる猪苗代湖は我が福島県のシンボルです。


たまたまでしょうか。
昨日、今日と、あの蒸し暑さはどこへ??

とても涼しい環境の中、練習させていただいています。



夜の合奏。
「響きの森」の美しさにうっとり。
なんて美しい響きなのでしょう!!
倍音が空間に響き渡った時の快感は至福の時。

人工知能AIには出せない響き。
人の息が、指が、手が奏でる響き。
人間と人間が心をぶつけ、燃やし、諦めず関係性を築いたからこその響き。


人間とはなんと素晴らしい生き物なのでしょう。

美咲たちのこの響きも決して永遠ではありません。
かつての代の響きが消えていったように。
もうすぐにこの世から消えてしまうものです。



福島先生!天才!!!
まさに響きの森!!
Blabo!!!