2019年08月

合宿から戻り、

慌ただしい中、あの幕張総合高校の皆さんをお迎えし、市船のメインホールで東関東吹奏楽コンクール直前だというのに合同練習をしました。


幕総と市船はライバル。

にも関わらず、お互いの手の内を丸裸に見せる合同練習。なんとも小気味好いではありませんか。



私は、かつて、そこは千葉県ではありませんが、とある二つの県の強豪校と言われる高校2校へ勉強したいがゆえ、連絡しました。「練習を見学させてもらえませんか。」と。


ところが、2校とも。

「コンクール期間中の練習見学は一切お断りしています。」とのことでした。




千葉県は違います。

市柏の石田先生も、習志野の石津谷先生も快く合同練習をしてくださいます。手の内もどんどん見せてくれます。教えてくれます。もちろんそれだけの自信がおありだと思うのですが、皆で水準をより高く上げていこうという気持ちが強い県だと思います。


千葉県、そして東関東を抜けることは並大抵のことではありません。至難の業ですが、私は千葉県に育てていただいたことを、この寛容さに対し、つくづく有難いと感謝するばかりです。



自分さえよければいい。

そう考え行動していると、結果的には「その自分さえ」が良くなることはないと私は思っています。


綺麗事ではなく、

自分の為は人の為=それが自分の為。



幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部の皆さん。とても素朴で自然でした。沢山の元気とエネルギーをもらいました。よくぞ市船に来てくださいました。心より感謝申し上げます。


最後の最後までお互い諦めずに頑張りましょう。





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また別の日にはインドのミュージシャンが来校されました。

私が海神中学校に勤務しているときの教え子が(今年36歳になります)現在インドに住んでいます。その関係でお会いする機会に恵まれました。


演奏を聴きました。
彼らは楽譜が読めません。存在もしません。皆さん、絶対音感をお持ちでJAZZのように感覚で演奏されていました。それは、それは胸に響く、心の奥底に響く音楽でした。その歌声に、演奏に部員全員癒されました。

私どもも演奏させていただきました。
アポロンがコンクールの課題曲と自由曲を演奏しました。
日本の吹奏楽と言いますか、そもそも吹奏楽の生演奏を生まれて初めて聴かれたそうです。いたく感激されていました。言葉にならないと、こんな体感は初めてだと、それは、それは私が恐縮し、驚くほど感動されていました。アンビリーバボ!ミラクル!ファンタスティック!!の連続でした。インドでは聴けないそうですから。習志野や市柏をお聴きになられたら、気絶されるのでは。
インドのミュージシャンは特に響きの森の独特な響きによる世界観に我をも忘れられたそうです。


「退職されたら、是非、第二の人生はインドで送ってほしい。高橋先生のような人がインドには必要なんです。」と真面目に説得、懇願され、これまた恐縮してしまいました。インドの子供たちに自己肯定感をさせたい、自己実現させたい、と話されていました。


音楽を通してインドにも仲間が出来ました。いつかインドという国をこの目で見てみたいと思います。





最後になりましたが、この度、お手紙をくださった岐阜県にお住いの松浦様、心より御礼を申し上げます。
本日、お手紙を拝見させていただき、いち早く御礼を申し上げたく、ここに書かせていただきました。後日、返信させていただきたいと思います。

勇気をいただきました。心より感謝申し上げます。





今年、三十路を迎えた「詩乃たちの代」


どの代にも深い思い入れはもちろんあるが、今現在の市船吹奏楽部の原型を作り上げたのが、この代。


詩乃たちの代。

現在のスプリングの原型を作り上げた。

初めて吹劇にトライした。


次から次へと新しいものを作り出し、形にしていった。それらが脈々と今も続いている。



先日、三十路になるということで、皆で集まったそうである。


次々と連絡が入って来る。










こんにちは😊三十路フォトブックのメッセージありがとうございました。今日は詩乃の誕生日なので、ちょっと詩乃たちの代のことを思い出してください👍🌸

私は今、初任から5年間勤めた小学校としばしお別れし、5月に出産をして育休中です。この5年間もちろん、辛いこともたくさんありました。理不尽なことも、やってらんない!!と怒ることもありました。でも振り返った時に、子どもたちと過ごす毎日は飽きなくて、子どもたちの純粋さと笑顔に救われた5年間でした。

この仕事から逃げずに好きでいられたのも、高校生の頃先生に言われたように、うまくいかない時、人のせいにしないで自分と向き合ってこられたからだと思います。

17歳の時に、「教師になったら?」と部活ノートに書いてくれた先生の言葉のおかげで、私は誇りに思える、心から楽しいと思える仕事に出会えました。あの時、先生は私のどんなところを見て教師の道を勧めてくれたんですか?教えてくれたら嬉しいです。

この仕事について、夫とも出会うことができました。教師としても人としても尊敬できる、愛に溢れた誠実で素敵な人です。先生のように毎日毎日部活の指導に明け暮れて、家にはあまりいない夫ですが。笑  

子どもも生まれ、いつまでも恋人同士の頃のようにはいられませんが、お互いを尊重し合ってあたたかい家庭を築いていきたいです。

私は自分の人生が好きです。大好きな家族、友人、仕事、趣味に囲まれて幸せだなぁと思う瞬間がたくさんあります。そう思うようになれたのは、市船で過ごした3年間の力が大きいように感じます。

自分を認めてくれる仲間、心からすごい!と思える仲間に出会えたこと、本当に幸せです。今でも大切な自慢の仲間です。

年末に集まった時、年齢や立場が変わっても、変わらない明るくて優しい空気感にホッとしました。数年ぶりに会っても違和感なく笑いあえる友達って、なかなかいないと思います。

先生も毎日忙しいと思いますが、健康で長生きして、より多くの子どもに先生の愛を注いであげてください☺️









先生、詩乃たちへのメッセージ、ありがとうございました!

ブログは時々見させていただいてますが、それとは別で、久しぶりに先生の文を読んだなーと嬉しくなりました。そのタイミングで、息子が一番最後の部活ノートを引っ張り出してきて、つい読んで泣いてしまいました😂

家の片付けをしていると、数年に一度部活ノートを開くことがあります。その度に一つ一つの言葉がすごく心に響きます。

ただ単に懐かしいなってことではなくて、その時その時で前に進むよう背中を押してもらえたり、これで良かったんだって自分で認められたり。受け取る意味も毎回変わってきて、また数年後開いた時にどんなことを感じる自分になっているのか、ちょっとワクワクしています。

私は今、3歳の娘と1歳の息子を育てています。来年には3人目が生まれます。

子育ては自分の弱さを突きつけられますね。でも、毎日とっても幸せです😊

昨日はマーチング県大会、お疲れさまでした。東関東出場おめでとうございます市船の活躍を応援しています♪

子供が大きくなったら市船の演奏を聴きに連れていきたいです。

いつでも熱いのが先生ですが、くれぐれも身体は大切にしてくださいね🍀









先生~!

私の近況を報告させてください

3歳になったばかりの長男、7月に生まれたばかりの次男👶可愛い子供たちに囲まれて賑やかな日々を過ごしています!(今は産休中です。)

詩乃たちの代の仲間たちとの付き合いも15年が経ちましたが、今でも最高の仲間たちですよ😆

一生の仲間です😌

先生、気付いたらもうすぐ還暦?!

もう若くないから、頑張りすぎずにお身体大切にしてくださいね!

詩乃たちの代へのフォトブックのメッセージありがとうございました。








お久しぶりです!

三十路のメッセージありがとうございました!

先生の熱いメッセージを読んで、高校時代に戻ったようですごく嬉しく思いました

そして、かなり心にしみました~(笑)

私は今、3歳の男の子と1歳半の男の子の子育てを頑張っています😊

2人もとても元気でやんちゃボーイなので、毎日かなり賑やかです。ちょいちょい角を生やし鬼になりながらも、可愛い我が子に癒されたりもしています💕

ちょうど今日、ホルンのみんなで集まりました🎵

みんな結婚をして、妊婦さんだったりママだったり

こうして10年以上たった今でも会えるのは、あの頃の深い絆があるからだな~とつくづく思いました😁本当にすごいことですよね🌼

私の主人も教員をしています。

河邊先生という方と一昨年まで八千代市で一緒に仕事をしていたそうで、以前たかけんの話になったようです。まさかそんなところで繋がるなんてビックリです!!

先生、これからも体に気をつけて頑張ってくださいね

市船の活躍ずっと応援しています🌷

夜遅くにすみませんでした!

先生忙しいと思うので返信大丈夫でーす。

🙋








先生、こんばんは.*˚

夜分遅くに申し訳ありません。

近頃は東船橋のラーメン屋さんの横で、竹下先生の会でとよくお会いしましたね😊

今日は詩乃ちゃんのお誕生日と言う事で先生にみんなで近況報告をしよう!という話になりLINEさせていただきました

私は先日もお話した通り、今東船橋に住んでいます🏠

仕事は母と同じ職場で介護の仕事をしています

今年で6年目です。

まだまだ元気な方々が多く居る一方、残り少ない人生を過ごしている方など、沢山の方々が暮らしています。

そんな方々の生活のお手伝いをしていると、多くの方々から、もうこの先楽しいことなんて無い。早く死にたい。というような事をよく言われます。

そう言われる度に、私は市船の演奏を聴かせてあげられたら良いのになと思います。

あの現役生のエネルギッシュな、前向きなパワーは、きっと皆さんの心に届くのにと思います。

なので一年中ずっとお忙しい現役生にお越しいただくのは難しいかとは思いますが、是非1度私の勤めている施設に演奏しに来ていただけたら嬉しいです!

今日はマーチング県大会だったそうですね!

先生も現役生の方々もお疲れ様でした

まだまだ暑い日が続きますので、熱中症など体調に気をつけて頑張って下さいね😊🍀









お久しぶりです。先生、元気に過ごされていますか?

2月に先生から詩乃たちにメッセージをもらって、とても懐かしい気持ちになりました。先生からのメッセージとても嬉しかったです。

私は看護師10年目になり、今は手術室看護師6年目になりました。とてもやりがいを感じながら仕事できていますが、引っ越しで環境が変わり、病院を変えることを考えているところです。

先生に報告できていませんでしたが、結婚4年目になりました。旦那さんは同い年の市船の剣道部の人です。高校生の時はお互いに知り合っていなかったのですが、卒業後に出会いました。当時知らなかったけど、、こんなこともあるんだな〜と不思議な気持ちです。まだ子どもはいないですが、2人仲良く過ごしてます。

私の近況報告ばかりになってしまいすみません。色々考えていると、先生に話したいこと、相談したいことがたくさんあります。今度会いに行きますね。

コンクールの時期で大変だと思いますが、先生、身体には気をつけてくださいね。






先生、お久しぶりです。

変わらずお元気ですか(?)

私、31歳になりました‼️

合宿バースデー、もう一回やりたい。

って報告ではなくて

かなり時間が経ってしまいましたが、三十路の詩乃たちの代へのメッセージのお礼にご連絡させていただきました。

すごく嬉しかったし、久しぶりにたかけんワールドに引き込まれて、忘れていた事、奥深くに根付いているものを思い出させられましたました。

ありがとうございました🙇‍♀️

先生からの教えの通り、毎日理不尽な事に揉まれていますが

その物事に立ち向かう事、身を任せてこなす事、

その見分けをつけて生き延びている毎日です。

卒業して10年以上たった今、思い返すと、高校三年間のあの日々は、人生に必要な生きていく術をたかけんの教えの元に吸収し、成長してきた日々だったんだなと、改めて、身に染みて感じています。

先生からすれば、メッセージにもあった様に、たかけんの人生の半分しか生きていない小娘ですが、世間からすれば、年齢的にはですが立派な大人の部類に属してきました。

母親になった今、一人の人間を育てていく事の大変さ、幸せ、責任を噛み締めつつ、相変わらずな自分らしさを忘れずに、これからの人生も一生懸命に進んでいきたいなと思います。

子供も、5歳と3歳の年になり、旦那とも仲良くやっていますよ笑

先生もあとわずかな教師ライフを楽しんでくださいね。いつまでも応援しています‼️

愛を込めて。






お久しぶりです!マーチングの県大会、お疲れさまでした!

先生宛てに文章を書くのなんて10数年ぶり過ぎて、何度も何度も書いたり消したり

現役の時よりも文章が下手っぴになっているのに気が付き、大人としてもっと素敵な文章が書けるようにならなければと思いながら言葉を選んでいます。

30歳のときに頂いた先生のコメント、久しぶりのたかけん節の長いメッセージ。

一瞬で高校生に戻ったような感覚でとても嬉しかったです忙しい中ありがとうございました!

先生が大切に保管してくださっていた詩乃たちの代のタイムカプセル。

自分への手紙の内容が、

びっくりするくらいうすーい内容過ぎて笑えました😂

が、その手紙には手紙を書いている時の、高校生のときの日常がそのまま書いてあって(城ヶ崎が遅刻してきた、とか。笑)

ほんとになんて事ないことなんですけど、その時当たり前だったことが、当たり前である事に幸せを感じていたんだろうなーと30歳の私は感じて。

それは今でも変わらない、変わっていないなと。

今でもみんなと音楽が出来ていること。

(最近はもっぱらパーカッションのお手伝いですが)

みくとぶよりの太鼓を見に行くと、彼氏や家族を連れて見に来たみんなに会えること。

(詩乃たちの代はもちろん、ママ達にも。)

高校生の時のように毎日顔は合わせていないけれど、13年経った今でも当たり前のようにわたしの生活には詩乃たちのみんながいて、少し会えただけでなんだか嬉しくて、元気になれて。

そういう存在の人たちが沢山いることがとても幸せだなと思ってます。

今は専業主婦をしていて、

果たして日々努力をしているのかと疑問に思うほど家事・育児に追われて毎日があっという間に過ぎてしまっていますが、いつか娘にも詩乃たちのような仲間に出逢って素敵な時間を過ごしてもらえるように、少しでも好きなことを見つけてもらえるように、縁の下の力持ち?娘の1番の理解者になれるように母業を頑張りたいと思います

伝えたいことが沢山あって上手くまとまらないし、ものすごく長くなってしまいましたが😂

先生もお身体大切に!

これからも市船の活躍を楽しみにしてます☺️





先生〜!

お久しぶりです☺️

みんながこうゆう機会をくれて、市船で本当に良かったなって、しみじみ思うんです。

結婚式や出産の連絡をもらうと、よく帰省するんですが私の為に何人も集まってくれて、本当に大切な大切な友達なんだなって、毎回有り難く感じます。あの頃、実感出来てなかった、高校の友人は一生の宝だ、って先生が言っていた事。歳を重ねる度に強く感じます。

高校時代の自分は本当に甘えていて、先生には何度迷惑をかけたか。でも、見捨てないで下さった、先生や友達のおかげで、今の私があります。

私の人生は確実に市船で変わりました。

先生にしてもらったことを、

地は違うけれど、神戸で次は私が 誰かの為に何か出来ないか、と考えながら、保育で子ども達や保護者に向き合っています。

先生の記憶に私はあまりいないかもしれないけど、私にとって偉大な先生です。

お身体を壊さぬよう、先生らしく全力で教員人生が全う出来ることを願っています☺️

全然お会い出来ていませんが、子どもが出来たら抱っこして下さいね💕

マーチング大会でお疲れのところ、読んで下さりありがとうございます😊







先生ご無沙汰してます。

今回、もりえみの発案で詩乃たちの代みんなで先生へ一斉メールを送ることになりました。今でも企画してみんなに声をかけてくれる仲間がいるって素敵な事ですよね☺️

私は19歳で就職してから今年で12年目です。

職場での立場もどんどん上になっていき責任感のある仕事にやりがいを感じる一方で、大卒の後輩の方が給料が高い(経験や実力が関係ない)という高卒の悲しい現実に度々悔しさも感じてます。

そんな私もプライベートでは結婚して6年が経ち、今年の528日に第一子が生まれました😊

自分の息子は特別かわいいですね💕まだ生まれて3ヶ月もたっていないのに日々出来ることが増えていく凄さにビックリさせられます!人間ってすごいですね!!!

出産して思ったことがあります。

仕事の時の後輩の教育って既にベース(基盤)がある人にプラスαで教えてスキルアップするってイメージで、子育ては無の状態の人(子)に本質を伝えながら教え、人間性を創っていくイメージです。

だから子育てって教える私(親)次第で息子の人間性や人生が変わる気がして本当に難しい!ってつくづく思いますし、プレッシャーです😅

今思うと仕事の方が気が楽でした〜笑

慣れない子育てにイライラしたりしますが、我が子の笑顔や寝顔に励まされる毎日です🥺💓

長々と私の近況を綴ってしまいましたが、お互い若くないので、健康第一で過ごしましょうね!






高橋先生へ


お久しぶりです。お元気でしょうか?コンクールやマーチングでお忙しいと思いますが、体調などは崩されていないでしょうか?

もりえみから、先生が詩乃たちの代へと送ってくださった言葉を読みました。

一気に現役時代に戻った気分になりました。ブラックスなんて言葉ありましたね。

その時は悩んでいた内容だと思いますが、今では何を意味していたかさえ曖昧な記憶でみんなでなんだっけ?ってなっていました。笑

本当、時がたつといい思い出話になりますね。

私は先生と出会えて人生が変わりました。

初めてジュニアバンドで先生にお会いした時、“先生のもとで吹奏楽をやりたい!市船に行こう!!”となんの迷いもなく自分の中で決めていました。親に言った時はさすがに遠いから、そのうちやっぱりお山(市立銚子)に行く言うと思っていたみたいですが。笑

そして、受験も無事合格し、やっと市船生だー!と思ったら先生の異動!!!いやー、もうそれを知った時は号泣でしたよ!!!

私は何のために市船に行くんだーって!笑

あの時は遠くから通って遅くまで部活をしているから遅刻するんだよ。って言われたり部活の批判をされたくなかったから、私は絶対に無遅刻無欠席で皆勤賞を取ろう!と思っていました。おかげで皆勤賞は取れましたが、始発終電の生活にも関わらず、協力してくれた親には感謝しかありません。

今では、先生の異動があったからこそ、竹下先生という本来なら出会えなかったかもしれない素晴らしい先生にも出会えたし、より詩乃たちの代は一致団結したのかなと今では思います。

世間では部活動のガイドライン?ができ、活動時間が短くなってしまうみたいですね。私は詳しい内容はわかりませんし、教育現場の現状も知らないので何が良いのか、どういう問題があるのかなどわかりませんが、やりたい人がやりたい事をできないのはとても残念だなと思いました。確かに限りある時間の中でどれだけできるか工夫してやる事は大切だと思います。

でも、大人でも好きな事は“あともうちょっと”やりたいって感じたり、時間を忘れて熱中したりしますよね。そのちょっとって、すごく集中した素敵な時間だと思うんですよ。極めたい所まで挑戦できる時間がないのは少し寂しいですね。先生の中には仕事とは別に趣味を大事にしたい方、生徒の中にだって学校の部活動より勉強や研究をしたいって人もいるとおもんです。学校の雰囲気によっても様々だと思います。やりたい人はとことんやる、参加が難しい人はやらない、なんて簡単な問題では無いと思いますが、、、。

何事も全ての人が納得のいく結果にする事はとても難しいですね。

お久しぶりなので、何を伝えたいのか近況報告なのか、何なのかまとまりがなくてすみません。

リミオケはスタッフとして参加します。説明会に参加したら、若い子だらけでおばさんはちょっとビックリしちゃいました笑

新しい音楽の誕生を楽しみに、また音楽に関わる事を楽しみにしております。







先生!

お久しぶりです。

お元気してますか?ぶよりです✌️😝

私は相変わらず、仕事に遊びに和太鼓に私らしくワイワイガヤガヤ楽しく過ごしてます😁🙌

料理の仕事は辞めてしまいましたが、高校時代の友達呼んで料理振舞ってます😋🍳

今は、姪っ子の誕生がキッカケで保育士資格取得のため勉強してます。

あとはただ一つだけ、、結婚したいですー!!!😂

相手もいないので若手教師いたら紹介宜しくお願いします❤️😝🙏

和太鼓も部活引退してからになるのでもう12、3年になり、相変わらず打ち込んでます💪

みんなで一つの事を作りあげるのはいくつになっても刺激的ですね😆

また、千人でも使って頂けたら嬉しいです♡笑

夏祭り真っ最中で、身体も絞ったので今なら裏ダンス隊じゃなくて本物のダンス隊に入れると思います!😂😂😂

色々思い出してましたが、

市船吹奏楽は私の原点です。

私を引き出して、生かしてくれた場所。

先生、仲間に感謝です😊

今でも変わらず本音で向き合える仲間がいて私は幸せ者です。一生の仲間です。

また、顔見せに伺いたいと思います🤗

先生ももう良い歳でしょうからお互い身体には充分気をつけましょうね。













美咲たちは猪苗代湖で合宿。

今夜は打ち上げ。

144人の個性が見えた打ち上げ。お腹を抱えて大笑い。最後の合唱には皆で涙、涙、涙。


詩乃たちが現役の時の夏合宿打ち上げを思い出していました。その夜はちょうど部長詩乃の誕生日。最後に部員全員が詩乃の誕生祝いをしました。昨日のことのように思い出されます。



美咲たちもこの合宿で、ひとまわりもふた回りも大きく成長しました。絆も深まりました。詩乃たちのように生涯の友を得ていくのでしょう。

ゴールは定期演奏会。

あのステージで美咲たちは、どんな景色を見るのだろうか。

歪な凸凹な不完全な間違いだらけの人間が奏でる音楽を寛容の名の下に美咲たちと共に作り続けたいと思います。

許し許されて、生きている私たち。




今、美咲たちを目の前にして、

なんだか、30歳になった詩乃たちの言葉一つ一つが心に沁み入りました。




確かに時代は絶えず変化していっています。以前と同じ感覚では成り立たないこともわかります。


が、変わらぬもの、変わってはならぬものが、ここ市船吹奏楽部にはあると思います。それは守っていかなければならないと思っています。



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幸せな美咲たち。

今しかない。


突然、大石秀子先生より心温まるお手紙を頂戴いたしました。


恐縮すると共に大変感激しております。


私と大石秀子先生は全く面識がございません。もちろん、私は大石先生が市川一中時代にティル・オイレンシュピーゲル名演奏で全国金賞に輝かれたこと、その時のホルン奏者が故平塚晴樹さんでいらっしゃったこと、そして何より大石先生の弟さんが、あの習志野高校吹奏楽部サウンド生みの親、新妻寛先生であることは存じ上げておりました。

大石先生は今年で86歳になられます。凜としたその字体にお人柄を感じました。



私と大石先生の間に野田紀美恵様という方がいらっしゃいます。

大石先生と野田様は旧知の仲。

野田様も学校の先生をしていらっしゃいました。ソプラノ歌手でもいらっしゃいます。現在80歳になられます。その美声に何度も心揺さぶられています。


野田様と私の出会いはテレビ。

市船吹奏楽部が「笑ってコラえて」に出演したのを野田様が観ていらっしゃったとのことでした。「何ともまぁ変わった先生がいるものだと、しかし自分自身とよく似ている感性を持つ人だなぁ。」とテレビ越しの私をご覧になり感じられたそうです。野田様のお住まいが市船のすぐ近くということもあり、こんな私にご興味を持たれた野田様がひょっこり市船に来られました。それ以来のお付き合いとなりますから、かれこれ10年にもなります。人の縁とは誠に不思議なものです。



その野田様が、大石先生に私の話をしてくださり、海のものとも山のものともわからぬ私に心温まるお手紙を送ってくださいました。



長文でした。

幼い頃、お父様が亡くなられ弟でいらっしゃる新妻寛先生をおんぶされながら共に生きて来られたこと、その新妻寛先生の歴史、幼少の頃から習志野高校吹奏楽部顧問としてご活躍されるまでのこと、ご自身の教育観、市川一中時代の吹奏楽漬けの教員生活のこと、教え子ホルン奏者平塚晴樹氏の急逝の悲しみのこと、ご自身のご家庭と吹奏楽部顧問としての両立の苦悩などが赤裸々に綴ってありました。面識もないこの私にここまでの思いを語られたことに感動致しました。


その大石先生の熱い思いに私は私のやり方で今後も応え続けなければならないと身が引き締まりました。





長文の手紙より引用ささて頂きます。




    私の宝、10年間の吹奏楽部メンバーの一覧です。最初の部員は今年61歳になります。音楽を職業にされた方もいらっしゃれば、皆で音楽を作り上げた経験を活かし真摯に生きていらっしゃる方々ばかりです。部活動の持つ力です。


音大を希望していた弟寛は、母親から「男は音楽などやるものではない。」と反対され千葉大学教育学部 物理科へ入学。千葉大学ではオーケストラ部に入りフルートの名手として活躍していました。小さい頃から音楽が好きで、横笛が上手でした。富里町の祭りでは中学生ながら祭り演奏の中心的存在として横笛を吹いていました。船橋市の宮本中へ転校後、フルートを始めました。

初任は印旛高校。部活は吹奏楽顧問。物理が主か、吹奏楽が主かわからぬ勤務をしていたのだと思います。


    昭和50年代は荒れる中学校と言われ、部活動に入部している子ども達は目的意識がはっきりとしていましたので、心配はありませんでしたが、クラスの生徒で目的意識を持たぬ考える葦ではなく弱き葦の子たちは心配でした。いつ横道に逸れ染まっていくか知れず、その子ども達を守る為に持てる力のほとんどを費やしました。部活動の方は土日返上、夏休みも、冬休みも、春休みも私にはありませんでした。どの子も、どの子も私にとりましては100パーセント良い子でした。


  部活動は余課であっても、その子どもたちの一生を左右する大きな大きな力があります。大切な教育活動の一翼です。


貴校の定期演奏会を楽しみにしております。野田様と三人でお逢い出来ることを楽しみに致しております。』




大石先生が大切にされている当時のコンサートプログラム資料も同封してくださいました。


大石秀子先生の教師としての生き様を感じるお手紙でした。


86歳になられる大石秀子先生の言葉一つ一つの重みと味わいを噛み締めながら読ませていただきました。





私の中学校の恩師も大石秀子先生と同年代です。社会科、水泳部顧問。部活漬けの先生ではありませんでした。金八先生のような感じの方です。私はこの先生の影響でサラリーマンを辞め、教師になりました。私は新妻先生のように吹奏楽を子どもたちに指導したくて教師になった訳ではありません。たまたま吹奏楽部の顧問になりました。本当にたまたまです。最初は嫌々ながら始めましたが、子どもたちの成長に驚き、部活動の教育力の高さを知りました。



人それぞれです。

だからいいんです。




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私どもは、マーチングコンテスト県大会を終え、オフ、学校説明会を挟み、昨日より福島県猪苗代に来ております。





部員全員で取り組む合宿です。
アポロンはコンクール曲の細かい詰め。練習すればするほど、出来ない所があぶり出されます。
ニケはニケオリジナルコンサートへ向け、数々の曲にチャレンジ。

最終日の夜は部員全員で打ち上げです。通称 どんとパーティを行います。どんと  とは温かいという意味です。



(バス移動では爆睡、全員合奏後のひと時、部員皆で夕食)

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猪苗代湖の写真はありませんが、眼下に広がる猪苗代湖は我が福島県のシンボルです。


たまたまでしょうか。
昨日、今日と、あの蒸し暑さはどこへ??

とても涼しい環境の中、練習させていただいています。



夜の合奏。
「響きの森」の美しさにうっとり。
なんて美しい響きなのでしょう!!
倍音が空間に響き渡った時の快感は至福の時。

人工知能AIには出せない響き。
人の息が、指が、手が奏でる響き。
人間と人間が心をぶつけ、燃やし、諦めず関係性を築いたからこその響き。


人間とはなんと素晴らしい生き物なのでしょう。

美咲たちのこの響きも決して永遠ではありません。
かつての代の響きが消えていったように。
もうすぐにこの世から消えてしまうものです。



福島先生!天才!!!
まさに響きの森!!
Blabo!!!






高橋先生


夜遅くに失礼します。

感動しすぎて、先生に気持ちを伝えたくなりました。



マーチング、お疲れ様でした。

美咲たち、本当にかっこよかったです。美咲たちらしい、力強くて真っ直ぐな演奏演技でした。

みんなの顔がキラキラしていて、本当に素晴らしいものでした。


特にたっちゃん、薫が3年間ドラムメジャーをやっていたこともあり、きっとプレッシャーは大きかったと思います。それでも、たっちゃんワールド全開で笑顔いっぱいの演技をしていたたっちゃんは本当にかっこよかったです。

ブラボー!!!!


演奏が終わっても涙が止まりませんでした。これまで美咲たちがどれだけ踏ん張って、諦めずに頑張ってきたのか、よくわかりました。

人の心を動かすほど、みんなは立派でした。


演奏中、美咲たちのことを考えていると同時に昨年のマーチングのことも思い返していました。

今ではもう懐かしい出来事ですが、あの時の感情、空気、景色、全て鮮明に覚えています。

忘れることはありません。

今だから言えることを言います。

あの時はもう何もかも嫌でした。

何をするにも心がついていかなくて、あの時の自分は無気力だったと思います。

それほど、昨年のマーチングは自分の中で鮮明に残っている辛く悲しい思い出です。



今しかないこの時間、美咲たちに精一杯頑張ってほしいです。

一生懸命頑張っていることを知っているからこそ、より一層応援したくなります。

応援する側ってこんな気持ちだったんだなって今日改めて感じました。


本当にみんなお疲れ様でした。


高橋先生も身体に気をつけて、無理せず頑張ってください。


美咲たち、心の底から応援しています。


今日は本当にお疲れ様でした。

素敵な時間をありがとうございました。


北林音巴







1年前。

私は発表を聞いていられず、会場に生徒を残し、タクシーで学校に戻った。音巴たちの顔を見ることが出来なかった。1人学校に戻り、生徒たちに伝える言葉をざわざわする心を抑えながら懸命に探し続けた。見つからなかった。言葉が見つからなかった。大義に何度も何度も問い掛けた。でも言葉は出て来なかった。



あれから1年。

あの日を忘れたことはなかった。

今日、この日を待っていた。音巴たちの気持ちを拾い集め、しっかりと握り締める必要が私にはあった。それを美咲たちに託した。



習志野と市柏は別格中の別格であった。大横綱、全く歯が立たない。足下にすら及ばない。圧巻のサウンドと演奏演技であった。



しかし、私は美咲たちの気迫、執念、溢れ出る音巴先輩たちへの思いがこもった演奏演技に涙が止まらなかった。美咲たちは120%以上の力を出し切った。上手いとか下手を超えた次元の6分間であった。これこそ高校生。これこそ人間。これこそ音楽であった。心が揺さぶられた。


あの大横綱習志野、市柏を越え、市船を1位にしてくださった審査員がいらっしゃった。正直に素直に嬉しかった。この方には何かが伝わったのかもしれない。心の中で感謝を述べた。




まだ決着はついていない。

東関東小田原で代表に選ばれなければ、音巴たちの気持ちを拾い集めることは、まだできない。



再び地道な分厚い日常が始まる。

美咲たちと共に1日1日確実に乗り越えていきたい。





保護者の皆様、後援会の皆様、そして何より柚希組のみんな、ありがとうございました。まだまだ続きますが、今後も応援、ご協力宜しくお願い致します。



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炎上という言葉をよく耳にします。



ほとんどは匿名。もちろん実名で堂々とご自分の意見を述べていられる方もいます。しかし、残念ながらほとんどが匿名の方々です。


まるで正義の味方であるかのように振る舞い、あること、ないこと、会ったこともない何も知らない人間の人格を深く傷付け、前後の脈絡を割愛した言葉のある一部分だけを切り取ってひたすら揚げ足をとり、攻撃します。







私は集団の中で人間は誰しも一番下は嫌だと考えています。誰かより少しでも上にいたいと思うのが私たち人間だと考えています。かくいう私もそうです。


自分が集団の中で認められず、下の位置にいると感じた時、私たちは四つのパターンに分かれます。


  自分より下の者を必死に探す。

  自分より上だと思うものの足を引っ張る。揚げ足を取る。

  「どうせ」「だって」と自分に言い訳を付け自分を諦める。自分から逃げる。

  努力する。努力して自分を高めようと頑張る。



生徒たちに「やはり④が一番カッコいいよね。辛いけれど、④の努力で上へ上へ目指そうね。多分ね、そうやって努力して高みを目指していると、そのうち相手と自分を比べていること自体馬鹿らしくなるんだと思うよ。そう思えるようになったら、こんなに楽しい人生はないよね。努力ほど辛く楽しいものはないけれど。努力以外私たちを幸せにしてくれるものはないね。そして好きなこと、やりたいことの努力を大切にしようね。それは大人も子どもも同じ。やりたいことの努力は一生懸命やるけれど、やりたくないことの努力は苦手。かと言ってやりたくないことをしなくていいという意味ではないからね、勘違いしないこと。」とよく話します。




日々ネット上で繰り返される誹謗中傷の数々。

恐ろしいことは深い意味も理由も、訳も知らず、揚げ足を取り続けることです。その揚げ足取りは、やがて同調圧力を生み出します。

これは学校や職場などで行われるイジメの構造と酷似しています。


職場にも、学級にもイジメの中心人物がいます。私の経験上、そういう人は非常に自己肯定感が低く、人を誹謗中傷することにより心のバランスを取ろうとしている人が多いように感じます。優秀なのにコンプレックスの健全な処理方法がわからない人です。ですから自分で自分のストレスをコントロールできないように思えます。その中心人物がターゲットを誹謗中傷し続けることにより、そう感じていなかった人たちまでもが同調圧力と化していきます。


同調圧力は人を殺します。


同調圧力により、つまりイジメにより数え切れない子どもの命が奪われました。


イジメはファシズムとよく似ています。



この多様性ある令和の時代にありながら、LGBTの問題、夫婦別姓の問題など極々プライベートな問題が本来あるべき姿へと多様性を手に入れようとしている時代、大変残念なことにSNS上の世界では多様性を認めず感情の激化が同調圧力を生み出し、ファシズム化する怖れさえあります。


もっと深く考え、安易に同調圧力の一員にならないことが多様性を守り抜かなければならない私たち令和に生きる人間の責務だと考えています。




まさか政治家ではなく、ネットから同調圧力というファシズムが生まれようとは、考えもしませんでした。

恐ろしい時代です。




やはり私たち人間の根は同じ。

人から認められたい。

自分が一番下は嫌。


この根の健全な育成を目指すのが学校。




































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