2020年01月

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本日は総勢700人あまりの小学校・中学校合同吹奏楽の練習が市船地下メインホールで行われました。

演奏曲は作曲家の八木澤先生を一躍有名にした「輝きの海へ」新浜小学校の子どもたちと田川伸一郎先生の生命そのものをかけた当時の演奏は神がかったものであり決して忘れられないものです。小学生に私自身の魂を鷲掴みされるとは思ってもいませんでした。恐らくもう二度と経験出来ない出来事だと思われます。音楽って本当に生きているんだと思った瞬間でした。魂を揺さぶられると簡単に使う言葉ではないと、その時に思いました。それほど私の音楽人生の衝撃的な場面でした。


私は相変わらずインフルエンザの為、お布団とトイレの往復。丸1日お布団とトイレの往復。

今日のも聴きたかったー。



指揮をされるのは高根中の金谷先生。

急に呼び捨てに変わります。笑笑
金谷のことは中学生の時から知っていました。サックスが中学生離れしたうまさでした。サックス奏者になるのかな、と思っていたほどです。なっなんと!気付いたら海神中学校に赴任。海神中には縁がありほんの少しお手伝いをさせてもらう中、驚く発見がありました!!

一つ!!
この若さで、女性で、これだけ音楽性豊かな指揮が出来る方を知りません。金谷はとにかく指揮が音楽的!抜群です。


二つ目!!
鈍感力!!笑笑
これは良い意味で。おおらかで小さなことに拘らない金谷ならではの鈍感力が金谷の魅力。


この二つの魅力で船橋の音楽を引っ張っていってほしいー!!あたしゃー、ジジイはもう消え去る身。船橋の、千葉県の音楽は任せた金谷!!


頼もしい船橋市が誇る若手指導者です。


こういう優秀な若手指導者を潰したくはありません、私は。




金谷先生は本物。本物の指導者です。






意外と多いんですよ。先輩面した偽物指導者でデカイ面して、◯◯先生の指揮がねぇー、とか、指導がねーとか、確かにそう言う時もあります。そういう時は先輩ならば、その先生に指導してあげればいい。または、そんな偉そうに言うなら、あなたが指揮してバンドの音楽変えて見せてくださいよ。
と言いたくなる偽物いるんですよー。多いんですよ。
ちなみに船橋市の話ではありません。誤解されないように。




また、本日は市船吹奏楽部保護者総会。夜は3年の保護者の皆様の慰労会がありました。
もちろん、私はお布団とトイレの往復です。
出席出来ず誠に申し訳ありませんでした。

3年間本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。



インフルエンザの野郎ー!手強過ぎるんだよ!
やっと37度代で落ち着き始めました。明日は36度代。もう火曜日から行けるでしょう。お医者様は水曜日まで休めと。(T_T)

市船吹奏楽部の自慢


それはOBOG

市船吹奏楽部のOBOGは現役の活動に口を挟むことは一切ない。


引退したら終わり。自分の人生を頑張るのみ。


絆は、どこのスクールバンドにも負けない自信はあるが、現役の活動に口を出すことは一切ない。



よく卒業した後、OBOGが偉そうに口を出すスクールバンドやら、野球部やら、サッカー部やら、○○部やら、と色々あるが、ドン引きである。

相手は高校生。OBOGとして偉そうに現役に説教する前に自分の人生頑張れっつうーの。


ある強豪校バンドのOBOGが現役に説教している姿を見たことがある。

「お前たちは、○○高校としての誇りはないのか。恥ずかしくないのか。」そんな内容であったと思う。

恥ずかしいのはどっちだ?



そんなに現役のことを思うならば、口は出さず、金を出せばいいだけのこと。


こうしてくだらないタテ社会が部活動の中で生まれる。これでは「ブラック部活」と揶揄されても返す言葉がない。


















本日は地下メインホールにプロオーケストラの千葉交響楽団の皆様と山下一史さんがいらっしゃった。第九の練習である。

この日を楽しみにしていた、私。あの響かないメインホールでプロが演奏するとどのように聴こえるのか、とても楽しみにしていた。


が、インフルエンザは手強い。手強すぎる。相変わらず続く38度後半の熱。意識朦朧。

金曜日に発症したから水曜日までは休みなさい、とお医者様に言われた。


こういう時、健康であることの有り難みを感じる。



生で、この耳で山下一史氏の第九を聴きたかった。(T_T) 残念でならない。



しかし、インフルエンザってこんな手強いとは…トホホ。


夜は千人の音楽祭の練習もあったというのに…トホホ。



今日でまるまる2日、寝たまま。熱があるので、これでもか、これでもかと思う程、寝られる。あちこち痛いのだが、寝られる。


皆様方もインフルエンザにはご注意されてください。











朝から体調が優れなかった。

37度4分の熱はあれよこれよと言う間に39度5分まで上がる。

夕方、重い身体を引きずりながら病院へ。



インフルエンザA型ですね。



来週の水曜日辺りまで休んでください。



(T_T)





千人の音楽祭の準備が全然終わっていないというのに。



また、明日は千葉交響楽団と山下一史さんが市船の地下メインホールで第九のリハーサル。楽しみにしていたというのに。

明後日は吹奏楽部保護者会総会。夜は赤ジャ3年生の慰労会だというのに。

なんでこのタイミングでインフルエンザ。(T . T)





しかし、まぁ、39度5分って辛いですね。

こんな辛いのは久し振りです。
どうにもならんです。

1月21日 Yahooニュースより抜粋したものです。

皆様方はお読みになられ、どう感じられますか。


 





 日本の教育現場で7年働いたのち6年前にオランダに子どもとともに移住した筆者は、日本のそれとは根本的に違うオランダの教育、子どもも大人も楽しくてハッピーに重きを置く学校生活に日々「これでいいの?!」と驚きの連続だ。

 しかし最終的にはGDPも高く、幸福感の高い大人を輩出しているのだから、少なくともこの国では「これでいい」のだろう。


そんなオランダの教育の基礎にある基本的な価値観に迫りたく、オランダのとある小学校の校長先生にお話をきいてきた。



小学校の教育における最も重要なことは何ですか。


子どもが「自分はこれでいいんだ」と思える自己肯定感を育てることですね(即答)。


そこですか?!基礎学力とか社会性じゃないんですか。


初等教育は一生続く学びの入り口ですが、健康な自己肯定感は全ての基礎です。


ここでの先生の仕事は、色々な活動をさせる中で、それぞれの子の得意なことや好きなことを見つけて自信を持たせるとともに、「先生や親が言うから」ではなく、内的なモチベーションによってその先の教育で学び続けたいと思えることを一緒に探すことです。


「苦手科目や弱点を克服する」ことはしなくていいんですか。


それ、やって楽しいですか?すべてを完璧にできる人なんていません。もちろん最低限の基本はありますが、それ以上はできないことに時間を使うよりも、できることを伸ばした方が学習効果も高いし本人の自尊心にもいい影響を与えます。


弱点はあっても得意なこともあって、これが私でOK、と思えることの方が、幸せな大人に育つためには大切です。


フラストレーションが少なく幸福感の高い大人が多い社会の方が、平和で寛容な社会になると思いませんか?寛容さは相互的なものです。ありのままの自分を受け入れられない人が、他者を尊重できるとは思いません。


確かに修了時点である程度将来進むコースを決めないといけないオランダの小学校では、一律に学力を伸ばそうとすることよりも、自分にフィットすることを早く見つける方が大事なのかもしれませんね。オランダの親御さんは、みんな我が子のありのままの学力を認めてあげるんですね。



取材・文:ウルセム幸子  編集:岡徳之(Livit







私、オランダへ行こうかな。



『健康な自己肯定感は全ての基礎です。』


『苦手科目や弱点を克服することをやって楽しいですか?すべてを完璧にできる人なんていません。もちろん最低限の基本はありますが、それ以上はできないことに時間を使うよりも、できることを伸ばした方が学習効果も高いし本人の自尊心にもいい影響を与えます』


校長先生の特にこの二つの言葉に電気が走りました。

「ここにいたー!!!

私と全く同じ考えの人がいたー!!!!」


と思わず叫んでしまいました。




 今の日本の教育は

 教師の首を締め付け、子どもの首を締め付け、その結果、学校を魅力のないつまらない場所にし、学校から平和と寛容を奪い取っています。その結果、イジメ、不登校に終わりが見えない状態が続いています。

 結局、それは日本社会から平和と寛容を奪い取ることになってしまいました。


 日本は日増しに不寛容な生きにくい国へとなっています。白か黒か、右か左か、SNSによる同調圧力がそれらを一層鮮明に線引きをしています。実に怖いことだと思います。

私たちは白黒ではありません。



世界の中で日本は非常に自己肯定感が低いと言われています。その背景に日本の学校教育があるのは否めない事実だと考えられます。




今こそ、

多種多様な価値観を持ち、自己肯定を育める教育システム、そういう指導が出来る教員養成こそが、本来あるべき姿の教育界の働き方改革なのではないでしょうか。









学校は勉強する所ではありません。

部活動をする所でもありません。


学校は、自己肯定感を育む所です。 

いや社会とは自己肯定を得る所です。


目的はあくまでも自己肯定。

勉強や部活動は単なる手段。


目的と手段を見誤らないこと。


自己肯定さえ持てれば、人間どうにかなるものです。



その反面、たとえ東大を出ても、たとえ何かで全国優勝したとしても、そこに自己肯定がなかったとしたら、苦しみは続くばかりです。






先日の本番。



ある中学生が私の所に来ました。


「高橋健一先生ですよね。家族で先生のblog楽しみに読んでいます。先生に聞いてもらいたいことがあるんです。」


「なんだろう。遠慮せずにどうぞ。」


「私、部活がなかったら学校へ行く意味ないんです。部活をしに学校へ行っています。顧問の先生も大好きですし、一緒に音楽をやっている友達も大好きなんです。クラスも楽しいです。勉強もできない方ではないと思うんですけど、部活がなかったら学校へ行く意味ないんです。勉強は塾でできるし、塾の方がわかりやすいし、正直、学校の授業は全然つまんないし、長い。6時間ずーっと寝ている子もいます。でも、その子、放課後の部活では別人のように頑張っているんです。その子も言っていました。部活がなかったら学校へ行く意味なんてないと。私も同じなんです。部活を楽しみに学校へ行く人は駄目な子なんですか?」




「そんなことないよ。それでいいと思うよ。あなたは部活が大好き。その部活を頑張ることで、他の学校生活も頑張ろうと思えるんでしょう。とてもいいね。部活が中心でいいと思う。部活があるからこそ、他の面も頑張ろうと思える。素敵だね。」




「顧問の先生が部活を頑張りたいなら、勉強やクラスのこと、掃除なども頑張りなさい。っていつも指導してくれるんです。部活を一生懸命やりたいから、他も頑張れます。でも、部活がなくなったら頑張れなくなると思います。だいたい学校へ行く気がしなくなると思います。今、部活動ガイドラインとか言って、部活をしている人が悪いみたいに言われているじゃないですか。それっておかしいと思うんですけど。私の父は遅くまで毎日部活を頑張って褒められていたと言ってました。高橋先生、学校から部活をなくさないでください。」



「大丈夫だよ。そんなにも大好きな部活。大切にしないとね。なくならないよ、大丈夫。」









現場。

現実にこういう生徒は他にも沢山います。これが現実です。

もちろん部活が嫌だという生徒もいるでしょう。それはそれでいいと思います。やらなければいいだけのことです。誰も強制などしません。





問題は、

なぜ?学校から自己肯定を得られる多種多様な価値観を奪い、白黒にされるのですか?



あなた方は本気で生徒のことを、生徒の未来のことを考えていらっしゃいますか?









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