また瞬く間に1週間が過ぎてしまいました。


毎日ブログを書こうと思いつつ


台風被害のこと、

教師が教師を虐めた稚拙な行為、

あと2ヶ月しかない美咲たちのこと、

今年の吹劇について、

白内障で楽譜が見えず定期演奏会曲の合奏で苦労していること、

名古屋を朝日新聞のデジタル版で拝聴させて頂いて、


etc


お伝えしたいこと、書きたいことが山ほどあるというのに授業を行い、部活をし、帰宅すると、すぐに眠くなってしまう困った奴です。どっと疲れが溢れ出てバタン。爆睡。

以前は朝6時にパッと目が覚め、猪の如く学校へ向かったのですが、今は起きられないトド。あと1年で還暦。


しかし、今の還暦、還暦過ぎの方々、私が若い頃には考えられないほどお元気。おじいちゃんという言葉とは無縁の方々ばかり。逞しい!!

還暦のせいに出来ないー!!!!

還暦過ぎの方々を尊敬します、心より。


また昔と違い、還暦過ぎても働かなければならないこの現実。隠居は75歳以降と言われる昨今。

甘ったれたこと言っていられません。









名古屋全国大会をダイジェスト版で聴かせていただきました。全てを聴いている訳ではないのでわかりませんが、とにかく中学の部も高校の部も上手い!スクールバンドの可能性を最大限引き出されている指導者の方々にただただ脱帽。ここに金、銀、銅を付けることはコンクールである以上仕方ないことなのですが、審査員の方の立場になると、相当悩まれると思われます。


そもそも芸術を審査するなど出来るようで出来ないことです。

芸術に定義はありませんから。


それを証明するかのように吹奏楽コンクールは芸術とどんどん乖離した世界へと突き進んでいることは否めない事実です。

恐らく多くの審査員、指導者が痛感されていると思います。痛感されながらも突き進む以外ないことも十分過ぎるほど理解されていらっしゃると思います。



フィギアスケート、体操の世界では芸術点より誰が見てもハッキリとわかる技に対しての点数が勝敗を決めています。それは吹奏楽の世界でも同様のことが起きています。音程、リズムの正確さ。縦の線が崩れない安定感。そういう誰が聴いてもわかる点が勝敗を決めることになるのは、当然の結果なのだと思います。


それを芸術と呼ぶのか。それとも吹奏楽コンクールは芸術とは無関係の世界なのか。この問題は名古屋に出られている指導者の方々が一番わかっていらっしゃると思います。わかりながら敢えてそうされているのだと思います。特に音楽大学を卒業された方は抵抗感を持ちながらも割り切っていらっしゃると思います。


フィギアスケートの世界が、体操の世界が、そして吹奏楽コンクールの世界が芸術というあやふやな感覚的なものではなくハッキリとわかる技術力へと突き進んでいったのは至極当然の結果なのでしょう。それは審査員のせいでも、指導者のせいでもなく、芸術性あるものを競技にするということが、そういうことなのでしょう。

差がつく明確なものは、あやふやな感覚的芸術性ではなく、ハッキリとわかる技術です。



コンクールに出る以上、銀賞よりは金賞、金賞よりは代表と思うのが自然な感情ですから。結果、その自然な感情がここまでの技術力を生み出したのでしょう。それに応える子ども達の無限の力。これは驚き以外の何ものでもありません。



吹奏楽コンクールを音楽コンクールではなくサウンドピッチ正確コンクールと揶揄される方は多いですが、揶揄することは簡単なことです。

音楽を競技にするとは、こういうことなのだと思います。


この現象は吹奏楽コンクールを消し去らない限り解決されることはないと私は考えています。


ですが、吹奏楽コンクールにより、または各種コンクールにより、子ども達の技術が驚嘆と呼ばれるほど向上したことは間違いのない事実です。





先日、幕張総合高校、芸大を卒業された古谷さんが、なっなんと!ベルリンフィルハーモニーに入団されることが決定したと聞きました。管楽器奏者としては日本人初の快挙。彼は船橋市の前原小学校。その時からファゴットの神童と呼ばれていました。彼の才能と努力がこの結果を生み出したことは間違いありませんが、コンクールがここに大きく関わっていることもまた事実だと思われます。幕張総合高校で素晴らしい指導者に出会ったからこそ、今日の彼が存在しているのでしょう。あの長生淳さんの「紺碧の波濤」のファゴットソロに、私は会場でひっくり返りました。こんなにも上手い高校生がいるのだと、しかもよく見れば小学校から知る古谷さん。部活動がなければ、コンクールがなければ生まれていません。彼がファゴットと出会うことすらなかったと思います。




どんなことでも必ず良い面と悪い面があります。

悪い面だけを見て、簡単に批判するのではなく、良い面にも目を向けて考えることが大切なことなのだと思います。




この夏。

コンクールに挑戦された日本中の学生の皆さん、そして指導者の皆さん、お疲れ様でした。


名古屋で金賞という頂点を手にした皆さん、おめでとうございます。






来年、もちろん市船はコンクールに出ます。

もちろん名古屋を目指します。



良い面と悪い面をしっかりと自分の中で考え続けながら。