思想家 内田樹(たつる)さんが、神戸市立東須磨小学校(同市須磨区)の教員間暴行・暴言について考えを述べられていました。拝読し、私にはストンと落ちたので一部分を抜粋しただけですが掲載させて頂きます。





『かつての日本企業は疑似家族だった。終身雇用・年功序列で、全員が時間をかけて新入社員を一人前に育てた。どの企業も、どうやって組織全体の士気を高め、個々の能力を上げるかをまず配慮した。「こうるさく勤務考課をしない」ことが高度経済成長を駆動した組織論。私の父の世代は、会社の同僚同士はほとんど家族同然だった。

 今はもうそういうことはない。主因は成果主義、格付け原理主義だ。厳密な格付けによって優位者をもてはやし、劣位者を辱めるという作法が集団のパフォーマンスを上げるという「信仰」を多くの組織が採用した。閉鎖された組織内で相対的な優劣を競い、格付け上位者に、下位者へ屈辱感を与える権利を与えた結果、いじめやパワハラ、セクハラがあらゆる組織にまん延することになった。


 学校教育は教員たちが集団で教育をする場である。だから、同僚の全教員がベストコンディションで教育活動に取り組めるように配慮するのが組織人の義務であるはず。東須磨小学校の加害教員は、いじめ対象の教員がつぶされ、教育現場に立てなくなるさまを楽しんだ。それにより学校教育そのものの土台が掘り崩されてゆくことに無関心だった。病的な心理だと思う。


 処方箋はシンプルだ。みんなもっと隣人にたいして寛容になる、親切になるということに尽くされる。


 こういう問題が発生すると、「管理を強化しろ」「厳しく処罰しろ」と提言されるが、これは人々が過剰に査定的になっていることが原因で起きている現象である。日本の組織の生産性が落ちているのは、ただ他人のふるまいを監視し、査定している管理部門が膨れ上がってきたせいである。問題が起こるたびに管理を強化し、締め付けてきたことの結果として、今の日本社会があることにいいかげん気づくべきだ。


 教員の管理を強化すれば、学校はさらに息苦しい場所になる。教育は、生身の人間同士が向き合う現場だ。どうすれば教員たちが上機嫌でいられるか、自由に創意工夫できるか、子どもたちと過ごす時間を長くできるか、教育改革はまずその問いから始めるべきだ。』







内田氏が話されているように

問題が起きる度に私たちは私たちを十把一絡げにし管理を強化することで解決しようとします。確かに管理を強化することにより解決へと向かったこともありました。


しかし、内田氏が話されるように「管理を強化しろ」「厳しく処罰しろ」と提言され、それに対し人々が過剰に反応し、他人のふるまいを監視し、査定ばかりするような世の中は如何なものなのでしょう。私たちは誰一人として完璧な方はいらっしゃいません。時に間違いをし、何度も自分を振り返り、許し許され何とか生きています。





実は、誰もが監視・査定・管理ばかりが強調されていく世界に息苦しさを感じているのではないでしょうか。


それでなくともSNS、人工知能AIの世界は人間の手の届かない所まで行こうとしているのですから。



私たちは、私たち自身が私たちの首を絞めていることに早く気付かないと、いつの日か人間全員にマイクロチップが埋め込まれ、人間は名前ではなく番号で認識され、24時間365日一生涯、時の権力者に監視、査定、管理される時代が来ないとは言い切れない所まで来ているように思えます。







内田氏が話されるように


『処方箋はシンプルだ。みんなもっと隣人にたいして寛容になる、親切になるということに尽くされる。』





管理ではなく、時には任せてみる寛容さが解決の糸口になるのではないでしょうか。




そして、寛容さを得るには問題が起きた時、徹底的に話し合うことが必要であると考えます。



今、私たちに求められていることは、話し合いが出来る文化を高めていくことです。




管理とは真逆のことです。




本年度も市船吹奏楽部友理たち

何よりも話し合いを大切にしたいと思います。


話し合いに合理的、効率的なものなどありません。

生徒と生徒が等身大の自分をさらけ出しぶつかり合う、受け止め合う以外、方法はありません。それには時間が必要です。


その時間は決して無駄なものではありません。むしろ学校にとって必要なものです。


学校に決定的に足りないものは話し合う時間です。それが唯一確保出来るのが部活動です。部活動の意義は深いものがあります。






新年のご挨拶が遅くなりました。


旧年中は大変お世話になりました。

ありがとうございます。

今年も市船吹奏楽部を宜しくお願い致します。



ブレずに友理たちとの最後の舞台を迎えたいと思います。

友理たちの最終舞台も12月25日 金曜日 習志野文化ホールです。お待ちしております。





















追伸


内田樹氏の言葉を目にし、私が子どもの頃の父の社員旅行を思い出しました。私の父は料理人になる前サラリーマンをしていました。時代は高度経済成長真っ只中です。父が勤務する会社では、夏に社員旅行が毎年行われていました。社員旅行という名でしたが、社員の家族全員が参加する旅行でした。今では考えられないかもしれません。

何とも不思議な旅行でしたが、当時、それしか知らぬ私には当たり前のイベントでした。学校を、地域を、年齢を越えた友達がその旅行から生まれました。中には気が合わぬ子もいましたが、社員旅行の中に社員旅行とは別の子ども達のコミュニティがありました。