3ヶ月間もの休校が終わり、学校が再開し3週間が過ぎ、4週間目に入った。


学校が再開したことは生徒にとってこの上ない喜びであることは間違いない。

しかし、人間そう簡単には出来ていない。

ステイホームが日常となってしまった3ヶ月間という現実。
当たり前であった学校生活は特別なものと変わってしまっていた。


この現実の違いからの脱却は文科省、行政が考えているような簡単なものではない。まして専門家会議?にわかるようなものではない。


現場にしかわからないことである。
解決は現場にしか出来ないことである。

それも口で言うのは簡単だが実際に行うことは、実に難しいことである、


だから、餅は餅屋なのだ。












学校が、いざ始まって時間が経ってみると、

生徒は…
疲れる。
だるい。
面倒。
そんなマイナスの気持ちに襲われる。

あれほど、学校再開を望み皆に会うことを、どの部も活動することを待ち望んでいたにも関わらずである。

しかし、人間とはそういうものだ。そんなものだ。



そこでだ。
コロナ禍の中において、気持ちをどう上向きにしていくか。前向きに学校生活を送れるようどう導いていくか、まさに現場の教師の手腕が問われる。


コロナ禍がなければ、ルーティン化した中で学校をいつものように進めていけばよかっただけの話だが、今は違う。

生徒たちはコンクールを、コンテストを、数々のコンサートを、大きな部活動各種大会を失い、失意のどん底にいる。特に高校3年、中学3年は、そこに向けて頑張って来た。

その上に進路もある。進路を決めなければならない。親や担任は「そんなのんびりしていていいの💢」と責め立てて来る。(T_T)





そのような中、生き生きと学校生活を送るには教師が何をしたらいいのか、何をどう仕掛けていくのか。どうチャンスを作っていくのか。

まさに教師の手腕が問われる。

大袈裟ではなく、ここで本物か、単なるルーティン化の中でしか生きていなかった教師だったかがハッキリとわかる。






それは、政治とて同じ。
それは、行政とて同じ。

マスコミに煽られ踊らされる中、自分自身がブレることなく、国民を、県民を、市民をどう導いていくか。

私たちであれば、目の前にいる生徒をどう導いていくか。


手腕が問われる。


ただ教科書読んでいればいいのではない。

そういえば、ただ教科書読んでいるような政治家、行政の職員多過ぎる。そんなもん誰にでもできるわ!それで何百万のボーナスとか考えられない。
コロナ禍でガッカリ、残念過ぎる政治、行政を嫌というほど見てきた。政治、行政の正体丸見え。
もちろん中にはブレない素晴らしい政治家、役人の方はいらっしゃる。

と同時にその刃を自分自身に向ける。

お前は教師として、このコロナ禍休校明け多くを失った生徒にどれだけの夢と目標、そして充実した日常という過程を共に作り出せているんだ?

と問う。


本物なのか?
それともルーティン化されたことしか出来ないのか?

批判をクレームを恐れ指示待ち教師か?
批判をクレームを恐れず自分で考え動いている教師か?


問う。


全国の先生方!!政治家に、行政に情けない思いを抱いたなら、自分もその方々と同じかどうか、口だけではないか、ご一緒に自分自身に問いましょう。



この休校3ヶ月明けの生徒の気持ちを前向きにさせ、充実した日常を作り出すことは並大抵のことではない。


口では何とでも言える。

動いていらっしゃる先生方を心から尊敬している。

じゃぁ、自分はどうなんだ?
ここが抜け落ちないようにしないとならない。


問う。自分に。