ここのところ忙しくblogに手が回らないのは事実なのですが、それ以上にコロナ禍の中で学校が再開され、授業を行い、部活を行い、結果、考えること、感じられること数知れず、言葉にすると物議を醸し出してしまう気がし、日々何も書けず悶々としております。


感染者の発表には変わらずイライラ。
夜には詳しく報道している局もありますが、最初に発表される時はまるでインパクトをわざと狙っているかのように数字だけドーンと発表する。

分母である検査数と分子である陽性者数。
年代別の重症、軽症、無症状。
濃厚接触者を追ったがゆえの数などなど…

これらを発表した上で本日の感染者○○人と発表してほしいと、あいも変わらず願っております。
発表の仕方で私たちの対策も変わると考えられます。



そして九州を襲っている豪雨。
知人が少なからずおりますので大変心配しております。


杞憂ではなく、
南海トラフ、関東直下型大地震、富士山噴火などいつ起きても何の不思議はないと思いながら生きています。九州の出来事は決して対岸の火事ではないと考えています。



だから、結局いつもいつもここに辿り着くのですが、今この時を精一杯生きたいと思います。
それは、私にとりましてはコロナ禍の中で生徒たちに精一杯活動させるにはどうするかに繋がります。

コロナ禍から、どう守っていけばいいのか、どう守れるのか、毎日考えています。片時も頭から離れたことはありません。
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試行錯誤繰り返しながら音楽活動しています。
部活動しています。
生徒は生き生きしています。




この子たちの心の日常をどう守り続けるか。

頭の中は、そのことで一杯です。

生徒の笑顔をどう守り抜くか。


あれも駄目、これも駄目、駄目駄目駄目駄目駄目…それで生徒たちの心の日常を保てるならば、とっくにそうしています。

しかし、そんなものじゃない。
それは教師も親もわかっている。
わかっていないのはノイジーマイノリティー。



誤解を恐れずに言うならば、今、我慢すべきは高校生ではなく、高齢者の方々。自粛すべきは高齢者の方々。と私は考えています。

早朝、全力で走っている市船の陸上部に対し
「マスクしろ!!」と怒鳴っている高齢者の方こそが我慢され、自粛、ステイホームされるべきなのではないかと考えております。


市船の生徒は遊んでいる訳ではありません。
思いっきり活動させてあげませんか。
まだ16、17、18年しか生きていないんです。彼らにとっての“今”は、大人の“今”とは比較にならないほど重たいものです。


私ももうすぐ還暦。ジジイだ。
私は、私のことより、十代の彼らに思いっきり活動させてあげたい。

若者の重症リスクは皆無に近い、日本では。

もちろんわかりません。しかし、そこまで神経質になっていたら、交通事故が怖くて外に出ないことと同じになってしまいます。それでは生徒の心はどんどん死んでいきます。生きているけれど、死んでいきます。

大切なことは、彼らが感染しているかもしれないという意識を絶えず持ち続けること。高齢者の方々との、疾患をお持ちの方々との接触を十分過ぎるほど注意することだと私は考えています。



それがウィズコロナの中、教育を、経済を動かすことなのではないでしょうか。



十分生きた私が考えるべきことは、若者の今をどうやって大切にしてあげられるかだと思います。


懸命に努力している高校生に向かって
「マスクして走れ💢」と言うことではないと思います。



私の視点での考えで申し訳ありませんが、私はこのように考えております。



いつ南海トラフが、関東直下型大地震が来るかわかりませんから。本当ですよ。

九州は、明日は我が身です。他人事ではありません。

だから、今。
今しかない。これからも私はそう考えながら生きます。