テレビから流れて来る画一化された情報、議論、コメンテーターの見解どの局を観ても変わらない。

違う視点での報道番組を観たことがない。まるで同調圧力ここにあり!と言わんばかりの没個性、均一化。


視聴者は多角的視点を欲していると思うのだが




次にSNSなるもの。

多角的視点と言っていいのだろうか。これは様々な意見に溢れ過ぎている。しかし、そこには真実もあるのだろうが、スマートフォン1台でフェイク映像まで素人が作ってしまう時代、何が信用できるのか、さっぱり当てにならない。到底鵜呑みに出来るものではないし、鵜呑みにすることは大変危険である。




となると均一化のテレビも、情報過多のSNSも、どちらも鵜呑みにはできない。

なんとも恐ろしい世の中である。





では!!

何を信用すればいいのやら!?

となる。




答えは簡単。











今、目の前にいる温度を感じられる人たち。


ここで申し上げるとすれば、

市船吹奏楽部の部員同士。



目を見て話ができる。

相手の気持ちを聞くことができる。

自分の気持ちを伝えることができる。

ディスカッションできる。

何よりも素晴らしいことは、息(自分の心と書く)で、自分の腕と手で音を奏で、それを重なり合わせることができる。

重なり合った時のハーモニーに、メロディーが流れ始めた時に、リズムが躍動した時に心は揺れ動く。気持ちの奥底にある何とも表現しにくいものが勝手に喜び始める。止まらないワクワクドキドキ感。いつまでもその空間に居たいと思える幸せ。


信じるべきものは、ここにある。










アフターコロナ。

新生活様式だとか、オンラインだとか、キャッチコピーのように言われているが、そういうものではない。否定はしないが違う。


アフターコロナの時代。いや私たち人間が古来より大切に育んで来たものは、これだ。

市船吹奏楽部が大切にしているものだ。

それは時代が変わっても変わることはない。







テレビも、SNSも一つの情報として、一つの勉強源として用いれば最高のツール。くれぐれもこの中で生きないこと。この中で一喜一憂しないこと。






生きるは、目を見て話せる目の前の人とにあり。