本日も長いです。

よろしかったらどうぞ。




最近、以下のような記事が際立って来ました。

私たちは重大性を持ち考えなければならないと思います。


国は信用できるのか。

メディアは信用できるのか。












「戦時中のようだ」

 では、実際には、われわれはどう怖れるべきなのか。国立病院機構仙台医療センターのウイルスセンター長、西村秀一氏が言う。


「現状の新型コロナ対応は、まるで負の宝くじです。高額は滅多に当たらないのに、CMを見て、もしかしたらと思ってみな買います。同様にいま専門家がテレビであなたも当たる可能性があると言いますが、当たる人はわずか。しかし、宝くじレベルの確率のために、みんなが不安がって無駄な対策をしていては、社会への悪影響は大きくなる。感染者が出ていないところでアクリル板越しに食事するなど、一般社会での過剰な対策は意味がありません」


 そして、ゼロリスクを求める風潮を斬る。


「人間ずっと緊張してはいられず、メリハリある対策が肝心です。たとえば、ウイルスが散らばる屋外に出たら、マスクは要りません。専門家はよく可能性があると言いますが、それなら明日隕石が落ちて死ぬ可能性だってある。私がこれは気にしなくていいと言うと、可能性がないと言えるのかと怒る人がいますが、ないものは証明できません。結果、全国にたくさんある学校のごく一部で感染者が出たからと、教師がフェイスシールドを着けたり、机をアルコール消毒したりしていますが、換気をしていれば十分。休校の必要もなく、子供たちから教育機会を奪うほうがずっと問題です。いまは、おかしいと思っても反対できなかった戦時中のようだと思うことがあります。そんなに気にすることはない”“感染する可能性は極めて低いと言うと、人命を軽視しているとか、ウイルスの怖さをわかっていないとか、すぐ攻撃されます。ウイルスとの戦いというより、社会との戦いです」


 そんな戦いが必要なのも、操作された数字や、根拠がない扇動的な試算に、われわれが踊らされているからだろう。過剰な不安と無用な対策による犠牲をこれ以上生まないためにも、冷静な目をもって、根拠が示された正しい数字を求めていくしかあるまい。


「週刊新潮」2020723日号 掲載











国が言うこと、

行政が言うこと、

メディアが言うこと

を鵜呑みにせず、先ず新規重症者数、その日の死亡者数とその年代のデータから冷静に客観的に考えることの必要性を痛感する。













『インフルエンザ。毎年1000万人が感染。亡くなられる方は毎年1万2千人。しかし一度も社会問題にもならない。インフルエンザの問題を社会は放っておいた。なのにコロナだけ異常とも思える反応。自粛する必要性はなかった。今後も必要ない。

と述べる宮沢孝幸氏、武田邦彦氏』

お二方とも専門家です。




 『カンニング竹山は新型コロナの報道について「コロナに関しての伝え方を変えていかないと」と話し「クリニックでもPCR検査をやっている所があって、PCR検査がものすごく増えているんですよ。緊急事態宣言の時は、発熱して検査させてくださいという人だったんですけど、今は一般でも検査をやっているから(感染者は)出ますよね」と、緊急事態宣言前後の状況とは違うと主張。


 そして「これからももっと陽性患者がいっぱい出ると思うので。全員を入院させていたら病院が閉まりますよね」と続けた。


 また「あと、日本でいうと30歳まででコロナで亡くなった方はお一人だけですよ。お一人しかいないんですよ」とした上で「ということは、考え方を大分変えていかないと、ウィズコロナといかないという感じはしますね」とコメントした。


 竹山の発言を受け、ツイッター上では「竹山さんの言葉が1番わかりやすい」「よく言ってくれた」「竹山さんがいい事言ったのに、本当のことを言ったのに、安藤さんも高橋さんもダンマリしたの?」「スルーされたけど、そこ本当に一番取り上げてきちんと検証してもらいたいところ。この先の生活がかかってる」と賛同の声が見られた。


 一方で「竹山さん20代は1人だけって。じゃあ、その1人があなたの大切な子供や身内なら同じことが言えるの?」「免疫抑制剤飲んでる人もいるんだよ! インフルエンザだって怖くて毎日ビクビクして生きてる人もいるんだよ!! そういう人をもう少し思いやった発言をして欲しい!!」「だから何? 若い人は感染しても1人しか死んでないから、かかっても気にするな的な発言ですか?」「共演者誰もフォローできずに静まり返るスタジオ」など否定的なコメントも出ている。』





カンニング竹山さんの意見です。

残念なのは正義中毒となった方の意見。


「竹山さん20代は1人だけって。じゃあ、その1人があなたの大切な子供や身内なら同じことが言えるの?」


これは日本中全員が餓死するまで一歩も外へ出るな、ということでしょうか。

生きている限りゼロリスクは存在しません。

なぜ、こんなことになってしまったのでしょう、この国は。


 




現在、1ヶ月で約1500人以上の方々が自殺という行為で命を落とされています。今後、コロナ鬱により増えると専門家は危惧されています。


ステイホームではなく、ウィズコロナとは何でしょうか。今一度落ち着いて考えてみたいと思います。



日本のこの空気感を変えないと取り返しのつかないことになると思っているのは私だけではないと思います。

良識のもと、政府も行政も実はそう考えていると、信じたいと思います。







ここのところ、このような内容ばかり掲載させて頂いておりますが、

もしこれらの説が正しく、現在メディアが報道していることが誤りだとしたら


メディアは、この方向性とも真摯に向き合うだと考えます。


今、必要なことは真摯な議論です。




生徒たちから奪われた時間はどうなるのか。

どなたが生徒に対して責任を持って説明謝罪するのか。



そんなことばかり考えてしまいます。



私たち大人の1年間と生徒の1年間の重みは比較にならないものですから。










最後に

東京都が感染者数を操作していたのでは?という記事が載りました。

もしその操作が本当ならば、プラスに考えると、コロナとは政府にとって、その程度のものなんだと私は考えてしまいました。






生徒たちの時間をもう奪わないでください。




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上記の写真の
とある生徒より



『こんばんは。
今日の船橋アリーナ練習お疲れ様です。
今日の練習で思ったこともそうですが、3年生になって思った事なのですが、


みどじゃの代になって、仕切りが赤じゃから緑じゃに変わって仕切ってもらっている側の態度って練習の濃さにとても関わることだなと最近思いました。自分が仕切ることがなくても3年も一緒に居れば仕切る人がどんなことを思っているのか何となく休憩になった時などにふと表情で分かったりします。
そんなこと考えていると1.2年生の時態度が悪く、仕切ってくださっている人の邪魔をしていただけでした。今考えるととっても恥ずかしいし、自分は何考えてんだか過去の自分を軽蔑します。
やはり1人でもかけていたら成り立たないもので、全員でやるからにいみがある。分かっていながら結局自分から逃げて、みんなから逃げて。



でも今は違います。
YOSAKOIにマーチング、スプリング、定演全てが最後なのです。自分の代だけ頑張ればいいそんなことは思っていません。ですが、気づくことが出来なかったことにとても後悔しています。だからこそ過去に戻ることは出来ないですが、取り戻すことは出来ます。



今まで何故ここにいたのか、何がしたいのか
考えなくても分かることです。
この文章を書いたことでまた、心を入れ直します。



長くなってすみません。』



このようなことをわざわざ私に送って来るような生徒ではありませんでした。
この子はどうやったら自分自身に気付くのだろうと考えていた生徒の一人でした。どのような切っ掛けが必要なのだろうと、この生徒に限らず、私は絶えず考えています。


こんな気持ちを素直に私に伝えられる。

成長だと思いませんか。これこそ学びだと思いませんか。


自己を振り返る力を有し、他者を思いやれる。


なんと素敵なことでしょう。

これって部活動ならではの学びです。

彼女ら、彼らにとって部活動は自己に気付く大切な学びの場です。




学校は国語算数理科社会英語だけではありません。


ましてオンライン授業ではありません。



余談になりますが、どれほど多くの大学生がオンライン授業が続く中、大学そのものに魅力を感じず希望を失っているか、知らない大人は多いように思えます。



コロナ禍の救世主のように、これまたメディアは報道していますから。決して救世主ではありません。


単なる繋ぎでしかありません。


私は多くの大学生が心配です。